始動

長崎・銅座




 <<新緑>>被弾に関する事情聴取は、第3艦隊内で<<脊振>>が帰港してすぐ行われ、聴取が行われたのは艦長以下、状況を知る事の出来た全員に及んだ。事が数十年ぶりの海軍の戦闘艦艇に対する被害であったので無理もない

 そして艦長の深堀はというと料亭の一室にいた。鎮守府のある佐世保での聴取が終わって直ぐに、目の前にいる男。直属の上司である第五戦隊の司令、高松宮少将に長崎まで繰り出して飲もう、と捕まったからである。豪奢な和食料理が並ぶが、皇族将官の高松宮の前であるとなると深堀であろうと恐縮する



『遠慮せずに食え、女を食いにいくつもりのところを邪魔したなら悪かったがな』

『いえ。では、いただきます』



 そしてこの高松宮様であるが、先代に似てか海軍内でも随一の猥談の使い手としても有名であった。しごくやりにくい。今回の件に関しては高松宮からは一言



『艦の指揮運用に関しては、俺が大いにやれと言ったと言え』



 とだけだったので、助かっているのは確かではあるのだが。と、目の前の海老天に箸を伸ばし、藻塩につけて食す。美味い



『霞が関がどうも最近騒がしい』



 そら来た。手を付けた途端にこれでは冷汁三斗というものだ。折角の料理の味もぼやけてしまう



『霞が関、外務省がですか?』



 高松宮は石鯛の刺身を醤油皿に移しつつ肯く



『チリが災害派遣をだしにして軍事介入を我が国に求めておるそうな』

『そう言えば先日、大規模な地震が発生しておりましたな。しかし、我が国でも東北地方の津波による被災がある中で、ですか』



 核の災禍に伴う全艦出航、艦隊集結で偶然にも津波に対する避泊が出来ていたというおまけがついた。その津波被害でマスコミの取材合戦もあり、大陸の核惨禍のインパクトが薄れている面もある



『まさか、永田町は承諾するつもりなのですか?穏やかな話ではありませんね』

『俺も本気とは思えん。国内の問題がありながら、おい、チリなんて地の果てだぞ』



 太平洋の反対側、しかも南北に長く、南極に近い海域もある。高松宮の地の果てという表現には肯くしかない



『そもそも、チリに対しての前提的な知識が不足しております。震災被害に対する人員不足は理解できますが、それも時間の問題でしょうし、米国の支援があってしかるべきところでは?』



 石鯛の刺身から鰹の刺身に移りながら白米と交互に口にしていた高松宮はそれを胃に落とすと、俺も民主独裁体制が倒れた後は詳しくはないんだがな、と前置きを置いて頷く



『民主独裁を行なっていた元大統領は陸軍総司令官として陸軍を牛耳っており、政府と折り合いが悪く上手く災害復旧に動いてないようだ。加えて南部ではマプチェ族と呼ばれる、居住する分布面積的にはアルゼンチン側が広い原住民族が居てな、独立運動がぶり返しておるそうな』




 深堀は眉をひそめる。アルゼンチンはフォークランド紛争での勝利を経て、米州機構の中でも狂犬と呼ばれる立ち位置にある




『南部の件はアルゼンチン側との折衝でもだいぶ変わってくると思うのですが』



 それが手を出してきているとなれば、チリのみで治まる話ではない。下手に手をだすと燎原之火の如く拡大していくのが目に見えている



『当然、連中の親玉であるアメさんにチリ政府は泣きついているが、元大統領の方に気があるのか介入する意思がみられなくてほとほと困り果てている。と言うのが霞ヶ関が聞かされている話だな。下手に手を出せば飛び火しかねないのは、貴様が思っているように目に見えている』

『アルゼンチンやチリからそのマプチェ族とか言う民族が独立するとして、首謀者は独立が維持できるほどの利潤が見込めるのでしょうか』



 国家を維持するためにはやはりそれなりの資金力が要る。その維持費としての税があるわけだが、それをすぐに徴収できるかというとほぼ不可能に近いだろう。支持基盤を作るという意味合いでも解放をうたうなら課税は避ける。古今の革命解放などの戦乱の支持には、既存の政体への税を払わなくて済むという背景があってこそだ



『まあ、あの地域であえていえばマゼラン海峡でしょうか。これを占有出来れば利点である事は間違いありませんが』



 スエズ運河を通ることのできない船舶が南アフリカのケープタウンを航行するように、パナマ運河を航行出来ない大型船舶はその海峡を通るしかない。その通航料はトンあたりで課せられる



『さしあたりはそれ、だ。だが、それを一番活用しているのは大型空母、そしてモンタナ級を両大洋で運用している米海軍だろう。何故介入しない。何を掴んでいる』



 それがわかれば苦労はしない。戦隊司令の高松宮に分からないものを艦長職の自分に問うて貰っても困る。と、肩を竦めて人参の色も鮮やかなかき揚げに箸を伸ばす



『よし、これで貴様も事態を把握したわけだ』

『宮様?』



 宮様はいつもの人が悪い笑みを浮かべている・・・まさか!?



『今度のチリ派遣には俺の献策で第三艦隊が海軍初の統合任務部隊を編成する。貴様にはその長になってもらう。人道支援の観点から災害復旧のため陸軍からも一個戦闘団を組ませる事になっておるから、初物尽くしだな』

『宮様!不肖この深堀、浅学非才の身としては、あまりに不適任ではありますまいか?現に先程聴取と譴責を受けたばかりではありませんか』



 あまりにも大権が過ぎて荷が重い。その上で陸軍とも協調していくとなればその負担はいかばかりか。驚きのあまり腰をあげて反論する



『大いに期待している。今回の件で自力で動いた貴様にこそ、今後の新しい権制の始動には相応しい。責を感じているのであれば、今回の派遣で七転八倒してくれた方がむしろ改善に繋がる。安心しろ、どうせ俺(宮様)のやる事だ、となる。それで良いんだ』

『御身が為されれば良い話ではありませんか!』




 海外派遣ともなれば、階級もそうだが権威を演出した方が良い。宮様ともなればそれこそ適任じゃ無いだろうか。統合任務部隊の発案者でもある




『俺がやるってなったらただ単に新規編成の艦隊を新設しただけになっちまうからな。それに人事の大規模な異動を行うとなると玉突きが要る。編成は全部戦隊や躯隊の旗艦を入れず、経験のフィードバックの為に所属をバラけさせる予定だ。あと、発案者が指揮官になったら不都合を隠す可能性だって疑わるだろうよ』

『・・・それは、理解できますが』




 破天荒ではあるが理性的なのがこの人の厄介な所だ、と内心頭を抱えつつ腰を下ろす。もしここに空溝副長がいれば上手く切り返してくれただろうか、などと愛すべき副長の顔を思い出しつつ正面をむく。それに高松宮は了承したな、とばかりに言葉を続ける




『故に戦隊司令部としてのスタッフはほぼつけられん。新緑が修理に入るのに合わせて一人そっちに面白い奴が居るので回す。<<背振>>の艦長職はほれ、そっちの副長も昇進させて艦長にしたらいい。外面上も映えるぞ。艦内の配置については自由裁量を任せる。足りん人員については一人、俺の戦隊司令部スタッフから綾部女史を回す。どうにも俺とはそりが合わんから、おもねる必要はないぞ。新部隊を構成する艦(フネ)はこれだ』



 食事をする手を止め、高松宮は紙をやって寄越す。中身を改めると、記憶に引っかかる艦がいるのに気が付く




『足柄、ですか』

『おう、十文字を覚えているな。あの金太郎だ』




 以前の艦隊演習でうちの第5戦隊とは因縁がある。そもそも第6戦隊を構成する艦は青葉級防空巡であったのだが、現在聯合艦隊では伊吹級防空巡の配備が進みつつあり、玉突きで青葉級の退役に合わせて妙高級が降りてきた形であり、第3艦隊では新参である。そのうえで行われた演習で、敵役を行った第6戦隊をこの第5戦隊で撃破した過去がある



『忘れませんよ。第6戦隊で一番気を吐いておりましたから』



 演習の状況想定は彼我の航空戦が相打ちに終了した後、海面に浮かぶ航空兵をいかに回収するかというもので、ADSである妙高級の強みを見せてSARのヘリを撃墜し、海域の航空優勢を確保した。しかし、回収の為に海域に拘束された第6戦隊へ殴り込みをかけた第5戦隊側が、殿に残った<<足柄>>を背振が撃破して勝利するという結果になった。その艦長が十文字、たしか下の名は玉藻とか言っていたか。反省会の折に随分背が小さかったこともあり、高松宮からは足柄山の金太郎というあだ名を頂戴していた



『陸軍は沖縄の戦闘団を出すそうだ。これは県知事への警戒だな』

『ああ』



 副長が言っていたやつか、と納得する。治安維持に必要な戦力ではあるが、知事と癒着が疑われるので一旦別部隊を入れて剥がすというやり方だ。その昔それでだいぶ痛い目を見た気がするが、それは頭の片隅に追いやる



『派遣期間はいかほどになりそうなんです?』

『3か月ほどのつもりらしい』




 陸軍部隊をいれるとなれば、やはりそこそこの期間になるか。それだけ摩擦は増えることになるだろう



『多少の事には目をつむる。存分にやれ』

『・・・承知しました』



 おそらく、何を言ってももうどうにもならないだろう。おそらく、この人の権能の外でも派遣は既に決定しているのだ。ならば、出来る限りのリターンを得られるようにする。そのための詰め腹は自分で切る。そういう人だ



 折角の料理は、どこか腹に重たく、冷たさを感じるようになってしまっていた

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