第12話 取り戻した日常と成長
そういえば――と思い出したのは、数日前にスマホのニュースで見かけた記事だった。
『日本の自衛隊、ダンジョン探索を本格開始』
もう話題としては落ち着いてしまったが、あの見出しを初めて目にしたとき、俺は息を呑んだ。政府はこれまで、慎重というよりは、まるで様子見を決め込んでいるような動きを続けていた。
世界の他国で一部の国では民間人へのダンジョン解放や軍隊を使ってダンジョンに踏み込んでいく中、日本だけが動けずにいた――そんな印象すらあった。
だがあのニュースは、明らかにその姿勢の転換だった。
記事によれば、自衛隊の一部部隊が、国内の既知ダンジョンに対して調査活動を開始したという。
積極的な戦闘こそ避ける方針らしいが、少なくとも「足を踏み入れた」ことには違いない。
つまり、日本もまた、遅ればせながらこの異常な新時代に、足を踏み入れ始めたというわけだ。
また、発表に伴い徐々に食料や日用品の買い占めも落ち着いていった。
自衛隊が動いたことで安心感を得ることができたのだろう。
「ようやく……って感じだな」
当時そう呟いた記憶がある。
でもあのとき、胸のどこかがざわついた。
自衛隊が探索に乗り出すということは、つまりは国が――国家レベルでダンジョンを支配し、利用するフェーズに移り始めたということ。
これまでのように、個人がストアで小銭を稼いで満足しているだけでは、いずれ取り残されるかもしれない。
世界は、確実に次の段階に進みつつある。
俺もまた、それに備えなければならない。
「……もう、一か月か」
カレンダーをぼんやり眺めながら、そんな独り言が漏れた。
GODストアに出品を始めてから、日々の生活が一変したわけではない。
けれど、確実に何かが変わった。
毎晩、風呂に入って、歯を磨いて、ベッドに潜り込んだ後、スマホで低級回復ポーションをひとつ出品する。
もはや習慣だ。
毎日コツコツと。それだけだ。
気絶しないのかって?
実はつい先日、商人のレベルが上がった。
「ステータス」
名前:今井亮太
年齢:21
ジョブ:商人 Lv.2
スキル:ポーション製造 Lv.1【ユニークスキル】
パラメータ
HP:10/10
MP:2/15(NEW+5)
STR:5
VIT:1
AGI:3
DEX:5
INT:1
WIS:2(NEW+1)
MPの最大値が15になることで、低級回復ポーション生成時の消費MP10を超えたのだ。
劇的な進歩だと思っている。
そのおかげで本日の低級回復ポーション出品は、さっきので2本目だ。
さらにGODストアを覗くと、俺のストア履歴には売却済みマークがずらりと並んでいた。まるで、俺の怠惰を裏切るかのように金が動いていく。
不思議な気分だった。
現実の仕事では、あんなに体を動かしても、得られるのは時間単価で換算された数百円なのに。
出品を始めた当初、低級回復ポーションはとんでもない値段で取引されていた。
俺のポーションにも一度だけ、6845Gという高額がついたことがある。
日本円にして、約100万円。それはもう、夢みたいだった。
出品してすぐに売れた通知が来て、残高に反映された数字を見て、リアルに声が出た。
けれど、その夢は長くは続かなかった。
今ではポーションの価格は落ち着き、1本あたり130G前後。
それでも1日でおよそ2万円相当、今日から2本で4万円。十分すぎる額だ。
コンビニの深夜バイト一本に絞った今、ポーション販売が家計の柱になっているのは間違いない。
GODストアの残高は、現在2万Gちょっと。一時は3万G近くあったが、生活費や急な出費に充てていくうちに、少しずつ目減りしていった。
必要なときは日本円に両替しているが、すべてを換金しているわけじゃない。
バイトの収入もある。現金が足りなければ、そのとき考えるスタンスでやってきた。
けれど――やはり少し、不安はある。
この先も、ポーションが売れ続ける保証なんて、どこにもない。
価格が安定した背景には、いくつかの要因があった。
まず、大きな変化は錬金術師という職業のスキルだった。
ダンジョン内の一部に自生するヒール草と、モンスターが落とす魔石を使って、低級回復ポーションを生成できるらしい。
素材の入手は運次第だが、安定供給に一役買っているのは間違いない。
さらに、世界各地で進むダンジョン攻略。
最も進んでいる国ですら、今はまだ10階層には到達していない。それでも、すべての階層でポーションのドロップが確認されているというのだから驚きだ。
つまり、探索を進めれば進めるほど、ポーションの供給は自然と増えていく。
供給があれば価格は下がる。
経済の原則が、ここでも働いていた。
ただ、そうした冷静な分析ができるようになったのは、最近になってからだ。
昔の俺なら、ポーション価格の下落にパニックになっていたかもしれない。
けれど今は、安定収入を得ていることに目を向け、次に何をすべきかを考えている。
その「次」が、投資だ。
スマホの中には、無料の証券アプリや、初心者向けの株式解説動画がいくつか並んでいる。始めたばかりで、用語も何もかもがチンプンカンプンだったが、それでも一つだけ気になる概念があった。
「インデックスってやつ……なんだっけ」
とある動画では、「賢いおじいさんが推していた投資法」として紹介されていた。聞けば、企業をひとつひとつ見極める個別株とは違い、経済全体の平均点をまるっと買うような投資スタイルらしい。難しい分析やタイミングに頼らず、長期でじっくり育てていくもの。
俺のように慎重で、無理をしたくない人間には向いている――そんなふうに語られていた。
実際、俺の生活も似たようなものだ。
一発逆転のギャンブルより、日々の積み重ねを重視する。
不器用なりに毎日一歩ずつでも前に進めば、何かが変わる。
ポーションを出品し続けるだけで数百万円を稼げたことが、その証明だった。
「金が金を生むってやつか……」
俺にとって、初めての感覚だった。働くのは人間だけじゃない。金もまた、働く。寝かせておくだけで、いつか増えて帰ってくる――かもしれない。
そう思ったら、少しワクワクしてきた。
もちろん、投資はリスクもある。
すべてが順風満帆にいくとは限らない。
でも、挑戦する価値はある。
俺はもう、ただのフリーターじゃない。
目の前にある情報を、自分なりに咀嚼して、選択して、生きていくことができる。
「実際に挑戦してみないと始まらない...まずは証券口座開設だったか.......」
ベットから体を起こし、パソコンを立ち上げる。
投資に向けての手続きを始める亮太だった。
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