第7話 静かな混乱
財布とスマホだけをポケットに突っ込み、軽装でアパートを出た。
今日はバイトも休み。特に予定もない。
外に出た瞬間、街の空気がピリついているのを感じた。
ダンジョン発生の影響だろう。
近所のスーパーに向かう道すがら、ざわつく声が耳に入る。
「政府は『落ち着いて行動してください』って言ってたけど……」
「食料、もうかなり減ってるって!」
スーパーに着いた時、その意味を理解した。
入口の張り紙。「お一人様○個まで」と商品ごとの制限が掲げられている。
中に入ると、想像以上だった。
米、パン、レトルト食品、インスタントラーメン、保存食――
棚はほぼ空っぽ。
水のペットボトルも、ティッシュペーパーも、ごっそりと消えている。
「マジかよ……」
ため息をつきながら、かろうじて残っていたカップラーメンを数個、急いでカゴに入れる。
水や簡単な保存食も手に取った。
レジ前も長蛇の列。
皆、政府の「冷静な行動を」という呼びかけを無視して、パニック寸前だ。
俺もできる範囲で、食料を確保するしかなかった。
ようやく精算を終えて外へ出ると、すでに夕暮れだった。
混雑と緊張で思った以上に時間がかかってしまったらしい。
アパートへ戻り、買ってきたものを簡単に片付ける。
そして、カップラーメンで夕食を済ませた。
一息つき、ベッドに寝転びながらスマホを手に取る。
ネットは今日もGODストアの話題で持ちきりだった。
ステータスを持つ者だけが使える謎のストア。
ダンジョンで拾ったアイテムを売れる場所――それがGODストアだ。
昨夜、俺もようやく出品を果たした。
「低級回復ポーション」
出品形式はオークション、最低価格40G、最大時間24時間に設定。
出品方法を探りながらの試行錯誤だった。
最初はどうしたらいいのか全くわからなかった。
試しにポーションの瓶を手に持ち、「売りたい」と強く念じてみた。
すると、ぼんやりと頭の中にストアのUIが浮かび上がる。
販売形式、開始価格、出品期間――一通り設定できる画面だ。
感覚的に操作できるとはいえ、細かいミスを何度も繰り返し、やっと出品までこぎつけた。
(あれだけで、どっと疲れたな……)
思い出して、苦笑する。
現在のストアでは、ドロップ品の「魔石」と、同じくダンジョン産と思われる「低級回復ポーション」だけが並んでいる。
現実世界で流通しているものではなく、他国のダンジョン潜入者たちが持ち帰った品々だ。
オークションの設定では、24時間が最大。
今すぐに結果は見られない。
明日の昼過ぎまで待つしかない。
(売れるかな……)
不安はある。
だが、売れればゴールドを得られる。
そして、ゴールドを換金すればFIREに一歩近づく。
目標のためには、ここで一歩ずつでも進むしかない。
一息つき、ベッドの上に転がる。
外はすっかり夜。
窓の外からは、遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。
MPも完全に回復している。
寝る前に、できるだけポーションを作っておこう。
覚悟を決め、口の中でそっと呟く。
「ポーション製造」
スキルが発動し、急激に体から力が抜けていく。
MP最大値10の俺がポーションを1個作成すると、即座にMPはゼロ、意識も飛ぶ。
ぐらりと視界が揺れ、ベッドに体を預ける。
目の端で、小さな小瓶が新たに生成されるのを見た気がした。
そのまま、俺は深い闇の中に沈んだ。
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