第1章 世界の変容
第1話 崩れた日常
「……すみません、遅れました……!」
息を切らしながら、コンビニのバックヤードへ滑り込む。
店長は腕を組み、渋い顔でこちらをにらみつけた。
「亮太……シフト、何時からか分かってるか?」
「……はい。すみません……」
返す言葉もない。 素直に頭を下げ、急いで制服に着替えた。
フロアに出れば、金曜夜のコンビニは修羅場だった。 客は次々押し寄せ、レジ前には列。 品出しも追いついていない。 気絶していたせいで遅刻したなんて、口が裂けても言えない。
「いらっしゃいませー……」
ひとまずレジに入りながら、亮太は頭を切り替える。
だが――
心の片隅では、昼間の異常な体験が引っかかって離れなかった。
(ステータス画面……出せるかな)
意識を集中する。
すると――
シュン。
目の前に、青白いウィンドウが現れた。
「うわっ……!」
思わず声が漏れる。 慌てて口を押さえた。
近くにいた客が、怪訝な顔で振り向く。
(やば……!)
亮太は何食わぬ顔を装い、レジの釣銭機をいじるふりをしてやり過ごした。 なんとかごまかせたようだ。
だが、急激に冷や汗が吹き出す。
(……見えてる? いや、見えてないか……?)
そっと目線を動かし、店内を確認する。 客たちは誰も、こちらの青白いウィンドウに気づいていない。 同僚のバイトも、レジのトラブルくらいにしか思っていない様子だ。
(ふぅ……セーフ……)
心底ホッとした。 ウィンドウは自分にしか見えていないらしい。
改めて、目の前の表示に視線を落とす。
【ステータス】
名前:今井亮太
年齢:21
ジョブ:商人 Lv.1
スキル:ポーション製造 Lv.1【ユニークスキル】
パラメータ
HP:10/10
MP:2/10
STR:5
VIT:1
AGI:3
DEX:5
INT:1
WIS:1
(……やっぱり、MP減ったままだ)
昼間、ポーションを作ろうとしたとき――体から何かが抜けるような感覚があった。
そして、気絶。
今思えば、MPをすべて使い切ったせいだったのだろう。
(でも、今2/10ってことは……だいぶ回復したんだな)
何時間も寝ていたのは間違いない。 仮に5、6時間は経っているとして、ようやく2まで戻ったということか。
(これ、ゼロになったら本気でヤバいな……)
単純な体力ではない。 魔力的なものか、それとも精神力か。 理由はまだ分からないが、消費し尽くしたら倒れることだけは確かだった。
しかも、今のところMPの回復手段もない。
放置すれば自然に回復するのか、それとも何か方法があるのか。 その答えも、今の亮太には分からなかった。
「ありがとうございましたー!」
接客の合間、そっとウィンドウを閉じる。
(今は……下手に動かない方がいいな)
ここでまた無理をして気絶でもしたら、店長からどんな目で見られるか分からない。 それ以前に、社会的に死ぬ。
(まずはバイト、ちゃんとやるしかないか)
そう思いながら、冷蔵庫からドリンクを補充しに向かう。
しかし、心の奥底では、不安が渦巻いていた。
ダンジョンの出現。 神を名乗る存在の宣言。
世界は、確実に変わり始めている。
だが今の日本では、政府によってダンジョン周辺は厳重に封鎖され、民間人は近づくことすらできない。
何が起きているのか。 これから何が待っているのか。
そして、自分に課せられたこの『ステータス』という異常は――いったい、何を意味するのか。
答えは、まだ見えない。
レジの音。 冷蔵庫の開閉音。 ポテトを揚げる油の音。
いつもの、何気ない日常。
だが、その裏で、確かに世界は、静かに歪み始めていた。
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