35.涙目
「AIちゃん、ガンさんを殺さない程度に力を抑えられるか? 気絶させたりできるといいんだけど……」
マンイーター化しているからといって、カルはガンを殺したくはない。ガンは記憶も魔法も失っているカルに、親身に特訓をつけてくれた。カルがこの世界で曲がりなりにも前を向いて歩いていられるのは、ひとえにガンのおかげなのだ。
しかし、AIちゃんは言った。
<ルイス・ガンは四年生の首席で優秀です。そればかりではなく、マンイーター化してさらに強くなっているようです。正直なところを申し上げますと、本気でやっても勝てるかどうか分かりません>
「さらに強く……」
それは、本気でやらなければ、こちらがやられるということを意味する。
カルは歯噛みした。覚悟を決めなくてはならないと理屈では分かっている。しかし、そう簡単に決断できるものではない。手足の震えが止まらない。
ガンは再び攻撃の構えをとった。銃口をカルに向けるようにしてステッキをかざす。
間髪入れず、カルはガンめがけて駆けていた。魔法で重力や摩擦の影響を取り除き、さらに筋力を増強して移動スピードを瞬間的に極限まで引き上げる。ガンが攻撃を放つより先に、カルはガンの鼻先に到達した。
距離をとった状態で高速の弾丸をさばくのは非現実的だ。こちらも攻撃しやすいように射程を詰めてしまった方が賢い。これは、特訓の中でガンから教わった戦闘のセンスだった。魔法によって速く移動する方法も、ガンから教授されたものだ。
使ったのはもちろんAIちゃんによる魔法だが、特訓のときよりも素早く動けた気がした。もしかすると、わずかでもシンシアが戻ったことが関係しているのかもしれない。
カルはそのままガンのふところに魔法攻撃をぶち込もうと、やや前傾姿勢になった。手の甲の第三の目に狙いを定める気は起こらなかった。と——、
ゴン!
後頭部に鈍痛。そして、
ガン!
顎を蹴り上げられる。さらに、
ドンドンドンドン!
無数の拳と蹴りがカルの顔に胸に腹に入る。
ズン!
最後に蹴り飛ばされて、カルは数メートル後方に吹っ飛んだ。
背中から地に倒れこむ。——ヤバイ! 早く立たないと!
全身の痛みに耐えながら体勢を立て直し、どうにか正面を向く。まだ立ち上がれず、膝は地面に付いたままだ。
AIちゃんの治療で痛みが少しずつ軽減していく。
とんでもない武道のセンスだ。まったく受け身をとれなかった。ガンは魔法だけでなく、身体能力の鍛錬も欠かさなかったのだろう。これでは距離を詰めても勝ち目がない。
カルの目に涙がにじむ。恐怖ではない。ガンがマンイーター化してしまった現実へのやるせなさが、カルの目に涙を湛えるのだ。ガンを救うことができない自分を呪い、あまりにも無慈悲な世界を呪った。
「ガンさん! 目を覚ましてください! 正気を保ってください! きっと、きっと元の人間に戻る方法があります! 大人しくしてさえいれば、誰もあなたを殺そうとはしません! 俺は、……俺はあなたを失いたくない!」
カルは喉を絞り上げるようにして訴えかけた。しかし、ガンからは何の返答もなかった。
すると、またガンが攻撃の構えをとる。驚くべきことに、ステッキがみるみる形状を変え、しまいには複数の銃口が付いたガトリングガンのようになった。
——!?
ドドドドドドドドドドド!
おびただしい数の弾丸がカルを襲う。避けきれない……そう思った瞬間。
「
クールな女性の声が聞こえたと思うと、カルの眼前に水の壁が現れた。次々に撃ち込まれる弾丸はその壁を通過できず、音もなく泡のようになって消えていく。
いつのまにか日は沈んでいた。月明かりのなか次々に浮かび上がる泡沫は、光を優しく反射し、どこか幻想的ですらあった。
カルの隣に立つ大人の姿。長い黒髪が月明かりに照らされる。ハーディ先生だった。
「あら~、あれはどことなくガンくんのように見えるわね~。でも、どちらかというと、マンイーター? どういうことかしら」
技のかけ声とは裏腹に、気の抜けた声色。
「あれはきっと、ガンさんがマンイーター化した姿です。何が起きているのかさっぱり分かりませんが」
「そうなの~? ……う〜ん、ガンくんといえば、たしか課外授業でいっとき行方不明になったわよね~。あのときのことが関係しているのかしら?」
「でも、あれからもう何日も経っていますよ?」
「そうね~……。でも、困ったわね。マンイーター化しているのは、どうやら事実。マンイーターなら、始末しなくちゃいけないんだけど~」
「なんとかなりませんか。殺さず、保護する方法は!」
カルは必死に訴えた。しかし、ハーディ先生の返事はあっさりしていた。
「無理ね~。相手はガンくんでしょ? 相手の命を気遣って闘ってたら~、私たちがやられちゃうわ」
そこでハーディ先生はガンに敵意の眼差しを向ける。
「ブラストゥ!」
それは一度カルも見たことのある技だった。鋭い水の棒がガンめがけて伸びる。
それをガンは難なく避けた。しかし、ハーディ先生の攻撃はそこで終わりではなかった。
連射だ。次々に放たれる水の棒。ガンがかわせばそこにもう一本の棒。かわせば、またもう一本。……しかし、ガンは身を器用にしならせながら、すべて避けきった。
ガンがステッキを構える。次はロケットランチャーのようになった。肩に抱えるようにして銃口をこちらに向ける。
ドォォォン!!
先ほどとはうって変わって、ひとつの大きな弾丸がこちらに飛来する。
「アクア・リフレクト!」
ハーディ先生がそう叫ぶと、先ほどよりも分厚く、硬質そうな水壁が現れ——弾丸を弾き返した! まるで光を反射するように。
進路を逆方向に変えた弾丸が、今度はガンを襲う。
しかし、ガンはそれをひょいと足で蹴り上げ、弾丸ははるか上空で爆発した。
「け、蹴り上げた!?」
「ガンくんにとってあの弾丸は自分と同質の技だから~、単なる物理攻撃と変わらないのよ~」
「な、なるほど……」
カルはうつむき、考えごとをするような顔をする。そして、何かを決心したように目を見開いた。
「あの、こんなときに、ひとつ聞いていいですか?」
「なあに~?」
「技のかけ声が日本語だったり外国語だったりするのは、なにか違いがあるんですか?」
現状を打開するのとはまったく関係のないことだった。ただ何かが気になると聞かずにはいられない、カルの性分であった。
「いいえ、気分よ~。何の意味もないの。自分の特性を使うときは、みんなそうだと思うわよ~」
「へ、へえ……、そうなんですね。勉強になりました」
カルは以前聞いたポイファンの「出でよ、血に飢えし牙よ!」「ポイズン・クラッシュ!」や、ナインカラーズ先生の「カラーズ・パズル!」を思い出していた。あれらは特に何も意味のないかけ声だったわけだ。あんな状況でよくそんな余裕があるものだと思った。いや、あんな状況だからこそ、かけ声でも上げないとやっていけないということだろうか。そうかもしれない……。
こんな状況において関係のないことを考えるカルもまた、常軌を逸していた。
「それにしても、さすが四年の首席だわ~。しかも、能力がさらに一段、いえ、それ以上アップしている気がする。マンイーター化しているからかしら~?」
「ガゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!」
ガンが耳をつんざくような咆哮とともにステッキを構えた。
カルとハーディ先生も身構える。
すると——、ガンの背後に空間をほとんど壁のように埋め尽くす無数の銃口が出現した。
「うそでしょ~!」
ハーディ先生は涙目だ。
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