31.変態スケベスライム

 森は高木が生い茂り、空気はやや湿っている。色とりどりの草花の甘い香りと、土や木の匂いがまじりあう。点在するごつごつとした岩には苔がむしていて、地面は踏みしめるたびに柔らかな感触がした。そこかしこで鳥や何かの動物の鳴き声が聞こえてくる。森の中は様々な生命の気配に満ちていた。

「きゃっ!」

 ケイラが突然悲鳴を上げた。見るとケイラのスカートの裾からスルスルとスライムが出てきた。

「こらー! 変態スケベスライム!」

 その場にいたみんなが笑う。

「そこ! 笑い事じゃないよ!」

 ケイラのピンとした人差し指でさされると、カルたちは爆笑を苦笑程度に静めた。

 スライムは地面に降り立つと、くねくねと身体の形を変えながら、みるみる大きくなり、ついには四本の足で立つ知らない動物の姿になった。どこか厳かな雰囲気をまとっている。

「そんな見掛け倒し、あたしには通用しないよん!」

 ケイラがステッキをビュッとスライムの方へ向けると、肩を跳ね上がらせたスライムはすたすたと尻尾を巻いて逃げていった。

 それを見送って、ケイラはステッキを収める。

「なんだ、あれ」とランス。

 ジョシュとウーマーはつまらなそうに肩をすくめる。

 マクレガーは「あ~、ハル様」と気が狂ったように呟いている。

 カルが唖然としてスライムの背中を見つめていると、ケイラがキリッと一年生たちの方を向いた。

「スライムはいたずら好きで、あんなふうに虚勢を張りがちなんだけど、結局はただの臆病者なんだ。魔法を出すまでもなく、あんなふうに脅せば逃げていくよ。覚えといて」

 くしくもスライムによる奇襲は一年生らの学びとなったのであった。

 少し進むと、四本の足を一本一本、慎重に前に運ぶようにして歩く、茶色い毛に覆われた大きな動物に出会った。それはカルたちに気づくと立ち止まり、首を折ってこちらを一瞥したが、すぐ視線を前方に戻し、またゆっくりと歩き始めた。

「この子は守護獣の一種で、名はオータン。世界各地の森に存在し、その神聖な力で森全体を守っていると言われている。ひとたび森がなんらかの危機に瀕すれば、獰猛な本性をあらわし、なんとしてもその危機を追い払おうとするらしいよ。マンイーターもいる森でオータンが平穏に生活してるってことは、逆に考えると、マンイーターは自然にとっての脅威ではないのかもしれないね」

 森の中には、なじみの動物もいた。首が長く、小さい羽が背中に付いた、いつも学園の敷地内で見かける動物だ。

「グノブルだよ。みんなはグノって呼んでる。見ての通り普段はすごく大人しいんだけど、戦闘態勢になると羽が伸び、牙や爪が生え、身体も一回り大きくなる、れっきとした戦闘動物だよ。夜はあたしたちと一緒にマンイーターと闘ってくれているんだ」

 歩き疲れたウーマーがよろよろと脇に寄り、腰掛けるのにちょうどいいサイズの岩を見つけて腰を降ろそうとした。

「だめ! その岩に腰掛けちゃ」

 ウーマーの尻は既に岩の上に乗っていた。すると、生命を宿さないはずのそれがもぞもぞと動いた。ウーマーが顔を青くして下を見ると、岩の上半分が持ち上がるようにしてガバッと割れ、ウーマーは身体ごと上方に投げ上げられた。見ると、岩の割れ目に大きな空洞が現れている。

 ケイラが「ごめんね」と誰にともなく小さく言って、ステッキを構える。

「イレクトラス!」

 すると稲光のようなものが地面と平行に伸び、岩(のようなもの)に直撃、岩(のようなもの)は悶えるようにじたばたした後、ひっくり返って沈黙した。

「す、すげぇ……」と、ランスが驚いてつぶやく。

 ウーマーはその衝撃で横に飛ばされ、その後も腰が抜けたのか立ち上がれずに様子をただうかがっている。

「ごめんね、注意するのが遅れて。今きみが腰掛けようとしたのは人喰い植物の頭。特にこれはその中でも擬態が得意なミミボタだね。ミミボタは森の中で岩や木の根なんかに化けて人が通りかかるのを待ち構えてるんだよ。昼間はマンイーターよりもこっちの方が危ないと言っていい。別に人間を食べなくても生きていけるらしいから、刺激しないのが一番」

「じゃあ食おうとするなよな……」

 とウーマーがぼやく。

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