20.得手不得手というものは記憶があろうがなかろうが同じ

 カルは魔法を惜しみなく使った。

 まず朝は箒にまたがり空から悠々と登校する。箒登校は上級生では珍しくないが、一年生では箒でまともに飛べる生徒自体が数えるほどしかいないため、カルは目立った。基礎呪文の授業では、浮遊、テレポート、火起こし等、難なくこなし、シュミット先生が大げさにカルを褒めた。座学の授業は、AIちゃんが代わりに覚えてくれるため、自分で勉強する必要がなくなった。覚えることがモリモリ出てくる魔法薬学のテストも楽勝だった。

 カルの記憶喪失については全校に知れ渡っていた。はじめはほとんどの生徒がカルと接するときにどこか戸惑う様子をみせたが、だんだん、転校生にでも話しかけるような感じで接してくれるようになった。記憶喪失をそう長くごまかしきれるものでもないし、この状況はもう仕方がない。

 ポイファンは不服そうにしつつも、少しおとなしくなったような気がした。カルの魔法が戻ったのなら太刀打ちできないと思っているのかもしれない。

「やっぱり、魔法の方は調子悪かっただけだったな」

 ランスが、ステッキを軽く上に投げてはキャッチ、投げてはキャッチしながら言った。

「い、いつものカルくんに戻ったみたいで、あ、安心しました。魔法の方は……」

 ナチュルが目を合わせずもじもじしながら言った。

 名前が分からない男子生徒二人が話しかけてきた。

 それは、記憶を喪失した初日、カルの不調に対して、「これまでがタマタマだったのかもしれねぇぜ?」と話していた二人だった。

 名を聞くと、ジョシュとウーマーと言った。「タマタマだったのかもしれねぇぜ?」と言ったのがウーマーで、それを「おい」と制したのがジョシュ。

「どうやって調子戻したんだい?」

 そう聞かれてカルは一瞬ドキッとしたが、ウーマーが続けて言った。

「ほら、そこに何か、俺達でも魔法ができるようになるヒントが隠れてるかもしれないだろ?」

 どうやら特に何かを勘繰られたわけではなさそうだ。前に聞いた会話といい、この二人は考え方が短絡的だなと、カルは思った。

 カルは適当にごまかした。デバイスやAIちゃんのことを言うわけにはいかない。

 一番喜んでくれたのはエミとハルだった。

「カル、元に戻ったんだね!?」

 エミが目を爛々と輝かせて言った。

 記憶はまだ戻らないことを伝えるとエミは明らかにがっかりした様子を見せたが、「でも、魔法だけでも戻ってよかったよかった」と言った。

「エネルギー不足だったんじゃない? よく食べよく寝れば回復するんだよ」

 とハルが言った。

 カルはズルしているような後ろめたさも感じたが、それよりも、自分が魔法を使え、さらに周りよりも明らかに優れていることに、気分が高揚していた。だんだん鼻高々になっていく自分に気づきはじめ、自制しなければと思う瞬間もあったが、いつしかその感覚も薄れ、ただ調子づいた気持ちだけが残った。

 三人で一緒によく図書室に行くようにもなった。エミが勉強好きで、カルとハルが付いていくわけだ。

 図書室は講義棟の正面口をくぐってすぐ左にあった。一階と二階にまたがる立派な図書室で、天井まで届きそうな大きな本棚がずらっと並び、その中に革張りの分厚い本や、羊皮紙を束ね簡易製本された資料などがびっしり並んでいた。各本棚に収められている本のジャンルは天井から下がっている案内板や本棚に埋め込まれたプレートに示されていた。専門書コーナーには魔法医学、薬草学、魔法史、呪文書など。文芸コーナーには小説、児童書、絵本など。その他、自己啓発本や実用書、旅行ガイドなんかもあった。

「カル、座学の点数もすごくよくなったよね。記憶を失う前は、座学はすっごく苦手だったのに」

 エミは「唯一カルに勝てるポイントだったのにな~」と言って頬を膨らませた。

 エミの言う通り、カル自身は座学が苦手だった。難しいことを考えるとすぐ頭が痛くなるし、たくさんのことを覚えようとするとすぐ眠くなった。得手不得手というものは記憶があろうがなかろうが同じなんだなと思った。

 カルの成績は全てAIちゃんのおかげだ。先生が言ったこと、教科書に書いてあること全部、AIちゃんが覚えて教えてくれる。テスト中はカルの脳に直接伝えてくれるので、カンニングがバレることはない。

 そして、図書室に来ている理由のひとつもそれだった。AIちゃんは物理的に近づけば本に書かれている情報を本を開くことなく収集することができた。そうやって、近くにある複数の本に書かれている情報を全て、ものの数秒でインプットした。ただしインプットできる情報の物理的距離には制限があり、一~二メートルが限界のようで、そこだけが難点だった。カルは図書室に来るたび、いくつかの本棚の間を歩いて、本を探すようなふりをしながら、近くの本に書かれている内容をAIちゃんに覚えてもらった。

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