第2話 恋の方程式・2

「はい、どうぞ。お茶」

「ど、どうも……」


 ……なんだこの状況。

 つい先程まで帰宅しようとしていたはずだ。

 なのになぜ、ビーカーの中に入ったお茶を飲みながら俺は物理室で寛いでいるんだ……。

 頭の中では混乱し、身体はずっとリラックスしている。


「いやはや、まさかこんな時間に物理室に人が来ると思わなった。想定外」

「……つい先程まで帰宅しようとしていた男です。どうも」


 というかこの子、かなりちっちゃい身体だな。中学生か?いやでも、ウチの高校の制服を来てるし、高校生なのだろう。めっちゃチビだけど。


「チビと思ってるね。確かに私の身長は147センチで体重は46キロだけど、見た目だけで人のことを判断するとは感心しない」

「……確かにな」


 淡々と語っているが、彼女の言っていることも一理ある。

 俺はお茶を飲み干してビーカーをテーブルに置き、少女へと向き直った。


「悪かった。俺の名前は水原希夢だ」

「うん。私は冴木さえき彩虹あやかだ」

「よろしく……ん?冴木……。どっかで聞いた気がする……」

「おそらく私の父の名前だろうね。私の父は世界一のプロゲーマーだから」

「へえ……。え!?マジかよ!」

「うるさいよ」


 彩虹があからさまに嫌そうな顔をするので「すまん……」と頭を下げるが、頭の中では混乱しっぱなしだ。

 世界一って、どんな異次元の世界だよ……。


「あ、あと母は元々国民的に有名なアイドルだったらしいね。かなり昔の話だからどうでも良いけど」

「こちらとしてはとんでもない情報ですけど……?」


 この子、さらっととんでもないことを口走り過ぎではなかろうか。もう少し危機感を持ったほうが身の為だぞと内心で呆れていると、彩虹が俺のことをジッと見つめてくる。


「な、なんだよ……」

「いや、そのネクタイの色は、君は先輩なんだね」

「え?ああ……」


 彩虹が言うまで気付かなかったが、俺のネクタイは赤色で、彩虹のネクタイは水色。俺の方が高学年であることを示していた。

 ……まあ、この身長だと彼女が年下なのが納得だわ。


「ふむ。先輩となると、君のことを先輩と呼んで敬語を使った方が良いのかな……?」

「いまさら過ぎるだろ。別にタメ口で構わないが」

「……そう。じゃあ、遠慮なく」


 ほぼ無表情で俺をただ見つめてくる彩虹に思わず物怖じしてしまう。な、なんなんだこの子は……。


「あ、あのさ……。なんでそんなに俺を見つめてくるんだ?」

「ん?ああ……。言ってなかったかな……」


 彼女はそう言うと俺の手を掴み、そのまま自身の胸に押し付けてきた。


「は!?おまっ!何やって……!」

「静かにしてくれないかな。心音は感じることは可能だが、それは静かな環境であることが良条件だからね」

「お、おう……」


 なんで返事をしたのかは分からないが、とりあえず自分の口を噤んで彩虹の心音を感じることに集中する。


「……分かるかい?私の鼓動がいつもより早いんだ」

「分かるか!」


 そもそもいつものお前の心音がどんなものなのかが知らねえよ!

 あまりにも妙なやり取りに耐え切れずに椅子から立ち上がってしまい、彩虹はそれに驚いたのかバタンっ!と椅子から落ちてしまった。


「あ、悪い。大丈夫か?」

「あ、うん……。その、大丈夫だよ……」


 そう言うと彩虹は自分で立ち上がり、尻に付いたホコリを払う。気のせいか、ほんの少しだけ彼女の淡々とした表情に赤みが混ざっていたような気がした。

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