第10話

 午後1時

 僕の部屋に入ると、特に変わった様子は確認できなかった。

「じゃあ、とりあえず、荷物を確認してみる」

 僕は自分のスーツケースとリュックの中身を確認した。

 リュックの中身は何も変わっていなかった。しかし、スーツケースの着替えの間に、何かが挟まっていた。

 指先が当たったとき、ざらりとした感触があった。

 取り出すと、それは透明なポリ袋に入った白い粉だった。


「やっぱりか」

「ええと、あのさ、恒星君は本当にその袋について、何も知らないんだよね?」

「ああ僕は何も知らない。そもそも、こんなに怪しいものがリュックの中にあったら、荷物検査したときにバレるだろう? それに僕が本当に犯人なら、こんな疑われる可能性がある行動は取らない」


「そ、そうだよね」

「……すまない。今回ばかりは僕を信じてもらうしかない」

「全然、疑ってない……わけじゃないんだけど、でも私は恒星君を信じるよ」

「僕も恒星を信じるよ。まあ、高校からの仲だしね」

「ありがとう。それで、一応聞いておくんだけど、さっきの荷物検査でこんなの見てない?」


 僕は粉が入ったポリ袋を見せながら二人に聞く。

「うーん、僕は見てないなあ。調理器具と調味料は大体揃ってるから、啓介は財布とかの日用品と着替えしか持ってなかった」

「恵梨香ちゃんは錠剤の頭痛薬を持ってたけど、それは粉だし、そもそも色が少し付いてたから砕いてもそんなに白くはならないと思うから違うかなあ」

「やっぱりか」


 しかし、どこかに穴が有るはずだ。そもそも、僕のスーツケースに物を入れることができた人物は……。


「あ、そうか。一緒に来てくれ」

 僕たちは部屋を出た。そして、さっき啓介と別れた部屋、大雅の部屋に向かった。


「ここに何かあるのか?」

「ああ、僕は大きなものを見逃していた」

「まさか大雅が犯人だって言うのか? もう死んでいるのに?」

「いや、違う。少し想像して欲しんだが、もしも荷物検査の時に、このポリ袋が出てきたらどうする?」


「いやどうするも何も、その人が犯人だと思う」

「その通りだ。だから大雅は、僕が見ていないタイミングで、僕の着替えの中にポリ袋を隠した。それに、そのスーツケースの中に入っているプロテインを見てくれ」

 湊と由佳は二人でプロテインのチャックを開け、中身を覗き込む。


「白い……」

 中身を見た後、由佳はそう呟いた。

「つまりこのプロテインが毒で、大雅はこれで死んだこと?」

「確証は無いけど」


 湊は何かを考えている。彼は僕のことをどう思っているのだろうか。彼からしたら僕が一番犯人に見えるだろう。僕が思考を巡らせていると、湊は思い立ったように言い出した。

「……少し考える時間をくれないか?」

 湊は目を合わせずに言った。

 その横顔はどこか、決意と……迷いの両方を抱えているように見えた。


 僕は由佳の方を見る。由佳は

「いいよ」

 と言って湊は一人、大雅の部屋を出て行った。僕はその背中をただ見つめていた。彼の背中はさっきより小さかった。


「恒星君は、結局犯人は誰だと思う?」


 由佳の質問で僕は我に返った。陽菜のためにも自分のためにも犯人を見つけなければならない。もう犯人は二人まで絞れている。僕は犯人であってほしい人の名前を口にする。


「僕は……啓介だと思う」

「どうして?」

「啓介しか、と言うと語弊があるけど、陽菜の時が毒殺かもしれないって話はしたよね? その場合、料理を作った人なら毒を盛るのが簡単でしょ? 盛り付けの時に毒を盛ればいいから、狙って殺せるし、何より怪しまれずらい」

「大雅のプロテインは?」

「大雅は朝トレーニングルームに居たから、その時に変えたんじゃないかな。僕たちすれ違った時、空のカップを持っていたから、朝飲んだのは普通のプロテインだったと思う。それでタイミング的に、昼には毒物に変わってたはず。だから朝かなって。まあこれは誰でもできるから、あんまり特定する要素にはならないけど」

「うーん、なるほどね」


「後は……僕を犯人に仕立て上げたそうなところかな」

「それ私怨じゃないの?」

「うーん、私怨かもしれないけど、僕を犯人にしたい理由は大雅を疑わなかったことだと思うんだよね」

「どうゆうこと?」

「由佳が朝、最初にすれ違ったことを言ったでしょ。でも僕は、正直な話、大雅を疑わなかった。だから自分にヘイトが向くのが嫌で……」


 この理論には欠陥があった。そもそもプロテインを毒物に変えたのは早朝なのだ。僕が大雅の事を疑うかどうかはわからない。


「うーん、どうだろうね。でも結局、怪しいのは中村君ってことだよね?」


 困っている僕の様子を見て、由佳は僕の感情をうまく汲み取ってくれる。しかし由佳も僕の理論に欠陥があることに気が付いているはずだ。本音を隠し、見たいものだけを見ている。きっと彼女は現代で生きるのが上手だろう。同じように僕も本当に疑っている人物が居て、そのことも明かせない。


「それに、問題はどうやって犯人にその罪を認めてもらうかだよね」


 犯人を突き止めるだけじゃ終わらない。

 自白を引き出すか、逃げられない証拠を握るか――。

 もしかすると、命のやり取りになるかもしれない。


 啓介ならどうする? 恵梨香を人質に?

 湊なら……。


 僕の中に、冷たい予感が芽生えていた。

 雨音だけが、静かにそれを包み込んでいた。



 

 

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