画鋲ぷすぷす、心臓ばくばく! 先輩のお手伝いは優しさ増量中?

しーん……。

あれだけ賑やかだった文化祭が終わって、次の日の放課後の教室は、なんだか、魔法が解けちゃったみたいに静か。壁にはまだ、飾り付けを剥がしたテープの跡がうっすら残ってて、床の隅っこには、キラキラした折り紙のかけらが、ちょこんと落ちてる。祭りの後の、ちょっとだけ寂しい匂いがする。


わたし、小鞠鈴こまり りんは、その教室で、クラス展示で使った大きな黒い布……プラネタリウムの壁になってたやつを、一人で片付けてるところ。他の子たちは、もうほとんど帰っちゃったんだけど、わたし、昨日の受付係の疲れがまだ残ってたみたいで、ちょっとだけ遅くなっちゃったんだ。


でも、この黒い布さん、大きくて、ふわふわしてて、うまく畳めないよぅ……! 端っこを持っても、反対側の端っこが、だらーんって床についちゃって、わたしの短い腕じゃ、ぜんぜん言うこと聞いてくれないの。それに、天井近くに画鋲で留めてあった部分は、背が届かなくって……。椅子に乗っても、ぷるぷるしちゃって、うまく取れないんだ。


(うぅ……。どうしよう……。このままじゃ、今日中に終わらないかも……。みんな、あんなに頑張って準備したのに、片付けがわたし一人で遅れちゃったら、申し訳ないよぅ……しょんぼり……)


ため息をつきながら、椅子の上で、もう一度、えいっ! て背伸びをしてみた、その時!


「おやおや、これはこれは。祭りの後の虚脱感に浸るあまり、ついに黒い布と一体化して、影の住人にでもなろうとしているのかね? 小鞠ちゃん。その、椅子の上で不安定に揺れる姿は、今にも落下して、新たな伝説を打ち立てそうな勢いだが」


ひゃあっ!?


びっくりして、椅子の上で、ぐらぐらってなっちゃった! あわてて壁に手をついて、振り返ると、そこには、やっぱり! 斜道誠はすみち まこと先輩が、開いたままの教室のドアに寄りかかって、腕を組んで、にやり、と笑っていた!


「せ、せんぱい! か、影の住人じゃありません! か、片付けをしてるんですぅ!」


わたしの声は、びっくりと恥ずかしさで、またしても、情けないくらい、うわずっちゃった! もう、先輩ったら、わたしの困ってる姿、ぜったい面白がってるんだもん! は、はずかしいよぅ……!


「ほう、片付け、ねぇ。それは結構なことだ。だが、その、なんというか……黒い布に翻弄され、まるで操り人形のように踊らされている様を見るに、作業効率という概念が、きみの辞書には存在しないのではないかと、深く憂慮しているのだが」


うぅ~~~! お、踊ってなんかないもん! 一生懸命やってるのにぃ!


「だ、だって、大きいし、高いところは届かないんですもん!」


ぷくーって、ほっぺを膨らませて抗議するけど、先輩は、肩をすくめるだけ。


わたしが、しょんぼりしながら、椅子から降りて、床の上の黒い布と格闘し始めた、その時。先輩が、ふぅ、と、また、あの、なんだか、仕方ないなぁ、って感じの、優しい(って、もう、期待しちゃってる自分がいる!)息をついた。


「……やれやれ。きみのその、絶望的なまでの非効率ぶりは、見ているだけで疲労感を誘発するな。このままでは、日が暮れるどころか、年が明けてしまうかもしれん」


そう言って、先輩は、教室の中に入ってきて、わたしが苦戦していた天井近くの画鋲を、いとも簡単に、ぷすっ、ぷすっと、抜き始めた! えぇ!?


「せ、せんぱい!?」


「仕方ないだろう。僕としたことが、後輩の無様な姿を、黙って見過ごすわけにもいかない。それに、この方が、合理的かつ迅速に作業が完了する。僕の貴重な時間を、これ以上、きみのどんくささに付き合わせるわけにはいかないからな」


そう言いながら、先輩は、あっという間に、残りの黒い布を壁から外してしまった。そして、床に広がった大きな布の端っこを持って、


「ほら、反対側を持て。……ちゃんと、たるまないように、引っ張れよ」


って、わたしに指示したんだ!


(え? え? せんぱいと、一緒に、片付け……?)


どきゅーーーん!!! ばくばくばくばく!!!


わたしの心臓、今、祭りの太鼓みたいに、どどんどどん!って、大きく、速く鳴ってる! 先輩と、二人きりで、共同作業……!? そ、そんなの、初めてかも……!


おそるおそる、黒い布の端っこを持つ。先輩と、向かい合う形になって……ち、近い! 先輩の顔が、すぐそこにある……! ど、どきどきしすぎて、手が、ふるふる震えちゃうよぅ……!


「……こら、ちゃんと持てと言っただろう。手が震えているぞ。そんなことでは、布もまともに畳めない」


先輩に、じっと見つめられて、わたしの顔は、かぁぁぁっ!って、もう、りんごよりも、もっともっと、真っ赤になってるはず!


「は、はいぃ!」


なんとか返事をして、先輩の動きに合わせて、布をぱたん、ぱたんと畳んでいく。先輩の手つきは、すごく慣れてて、あっという間に、あんなに大きかった黒い布が、きれいに小さくまとまった!


(すごい……! せんぱい、なんでもできるんだなぁ……。それに、畳んでる時の横顔、やっぱり、かっこいい……。きゅん……!)


布を畳み終わって、ほっと息をつくと、先輩が、ぽつりと言った。


「……まあ、これで、ようやく教室も片付いた、というわけか。祭りの後というのは、どうにも、物寂しいものだな」


いつもの、からかう声じゃなくて、すごく静かな、独り言みたいな声だった。その声に、わたしも、うん、って頷いた。


「はい……。楽しかったけど、終わっちゃうと、ちょっとだけ、寂しいですね……」


一瞬だけ、二人きりの教室に、しっとりとした、優しい空気が流れた気がした。

……って、思ったのも束の間。


「まあ、きみの場合、祭りの最中も、片付けの時も、常に周囲に迷惑を振りまいていたようだから、寂しがる資格があるのかどうか、はなはだ疑問だがな」


も、もう! 先輩のいじわるぅ!


でも、なんだか、怒る気にもなれなくって、くすくすって笑っちゃった。


「じゃあ、僕はこれで。……あまり、感傷に浸りすぎて、教室の隅で、本当に黒い影にならないようにな」


先輩は、最後までそんなことを言い残して、ひらりと手を振って、教室を出て行った。


一人になった、がらんとした教室。でも、さっきまでより、ずっと、きれいに片付いてる。先輩が手伝ってくれたおかげだ。先輩と一緒に畳んだ黒い布が、なんだか、特別な宝物みたいに見える。まだ、隣で一緒に作業した時の、どきどきした感じが、胸の中に、ぽかぽか残ってる。


(先輩、ありがとう……。ぶっきらぼうだけど、やっぱり、優しいなぁ……。それに、「物寂しい」って、ちょっとだけ、同じ気持ちだったのかな……? かっこよかったなぁ……)


今日の出来事も、ぜーんぶ、わたしの宝箱に、大切に、大切にしまうんだ。祭りの後の教室、手こずった黒い布、先輩とのひみつの共同作業、そして、ちくちく言葉の裏に隠れた、あったかい(?)共感。


また明日、先輩に会える。そう思うだけで、わたしの心は、きれいに片付いた教室みたいに、すっきり、明るい気持ちになるんだ。


たとえ、明日もまた、先輩に「やれやれ、あの黒い布、きみが一人で畳んだら、今頃、巨大なオブジェになっていただろうな」なんて、やっぱり失礼なことを言われちゃうとしても、ね!

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