第27話 虚弱聖女と次なる使命

 クロラヴィアの聖女たちの真実は、残酷なものだった。

 

 キアラたちは、今まで私を虐め、最後は追放して命を奪おうとしたけど、ざまあみろと素直に笑えなかった。


 それにキアラたちだけじゃない。過去の聖女たちも、そして未来の聖女たちも、同じように何も知らされず、生命力を奪われていくのだ。


 残酷だ。


 そして禁忌を犯して成り立っているクロラヴィア王国の未来が、明るい訳がない。


 クロラヴィアの聖女たち、そして国の未来に心を痛めていた私の気持ちに、レイ様が気づいていたなんて……


 私ですら、レイ様に指摘されるまで、自分の気持ちが分かっていなかったのに。


 隣で動く気配がした。

 レイ様が身体を横に向け、私を真っ直ぐ見つめている。


「セレスティアル」


 名を呼ばれ、私も彼と向き合うように体勢を変えた。

 お互いの視線が混じり合う。


「ラメンテの力は、この国の安定のためだけに使うものじゃないと、俺は考えている」

「どういうこと、ですか?」


 私を見つめる赤い瞳が、優しく細められた。


「ラメンテが言っていただろう? 守護獣の役目は、この世界を安定させること。そのために世界を創った女神とやらに遣わされたのだと」

「言っていましたね……」


 女神様……

 クロラヴィア王国では、守護獣シィ様こそが、崇めるべき偉大な御方であって、世界を創造したとされる女神様の存在は出てこない。


 だけどラメンテの話が本当であれば、守護獣様よりもさらに上の存在がいる、ということになる。


 この世界を創り出した存在が――


 思考に沈む私の鼓膜を、レイ様の真剣な声が震わせる。


「国が安定すれば、次は世界の安定を目指さなければならない。それが、ラメンテの本来の使命だからな。ルミテリス王国の安定は、その足掛かりに過ぎない」


 レイ様の発言を肯定するように、私たちの上に乗っていたラメンテの尻尾がふわりと揺れた。


 大きな手が伸びてきた。

 私の頬にそっと触れ、頬の上にかかった髪を指でなぞる。


 彼のぬくもりが、指先から伝わってくる。


「いつになるかは分からない。だがいつか、ルミテリス王国の結界は、クロラヴィア王国に届くだろう。そのとき、クロラヴィア王国に聖女の真実を伝えよう。そして、聖女たちが力を捧げる必要がなくなるように、世界の安定に力を尽くす。それが、俺の次なる使命だ」


 真剣なまなざしが、私の心を射貫く。

 彼の発言に、心が熱くなる。


 嬉しくて、苦しくて、感情がぐちゃぐちゃになる。


「ありがとう、ございます……レイ、様……」


 クロラヴィア王国を追放された。

 辛いし、憎みたい気持ちもある。


 だけど……何故だろう。


 簡単に祖国への気持ちを捨てられないのは。

 クロラヴィア王国が守られ、発展することを思わずにいられないのは……


 供儀のたびに倒れてもなお、国のために尽くそうとしたのは――


 意識が思考に沈みそうになったとき、不意に目の前が暗くなった。


 レイ様の手が、私の目の上に置かれている?


「あんまり考えすぎるな、セレスティアル。今は少し休め。俺も会議再開まで少し休む」

「……は、い」


 レイ様の手が温かい。

 私の身体を包み込むラメンテのふわふわな毛が温かい。


 気づかないうちに、とても疲れていたみたい。

 規則正しいラメンテの息づかいを身体に感じていると、眠気が襲ってきた。


 現実と夢との境が、だんだん曖昧になっていく。


 そんな中、ふいに私の目の上から、重みがなくなった。

 代わりに私の手が、別のぬくもりで包まれる。


 これは……レイ様の、手?


 レイ様とラメントのぬくもり。

 お日様の匂い。


 完全に意識が沈む直前、


『私が死んだ後も、どうかこの国を守って……約束、よ』


 夢で聞く女性の声が、聞こえた気がした。


 *


 すぐ傍で、寝息が聞こえる。


 手が握られている。


 そう認識したことが合図のように、私の意識は覚醒した。ゆっくりと目を開き、映し出された光景を、まだぼんやりとしている思考で受け止める。


 すぐ目の前にレイ様の顔があった。

 聞こえてきた寝息は、レイ様のものだったのね。


 ……いや、ちょっと待って?


 いやいやいや、近い近い近いっ!

 呼吸の音が聞こえるくらいの距離って、かなり近いじゃない!


 ぼんやりとしていた思考が、一気にフル稼働し始めた。

 慌てて距離を取ろうとしたけれど、私が突然動いたら、気持ちよさそうに眠っているレイ様が起きてしまうかもしれない。


 レイ様にも、休めるときに休んでもらわないと……


 そう言い訳……もとい、思い直すと、私は逃げだそうと緊張していた身体から、ゆっくりと力を抜いた。


 改めて彼の顔を見る。


 眠っている姿は、とても無防備で子どものように見える。とても国を背負っている人物だとは思えないほど幼い。

 豪快に笑う彼の日頃のお姿と、眠っている姿の落差が、何だか可愛く思えてしまうのは、失礼だろうか。


 まつげが長い。閉じられた瞳の下には、輝きと生命力で満ちた赤い瞳が隠れていることを知っている。


 それが時折、優しさを宿して私に向けられる。

 まるで自分だけにその優しさが向けられているのではないかと、時々錯覚してしまいそうな自意識過剰な自分がいて、とても嫌になる。


 彼が庇護すべき数多くの存在の中に、私がいるだけだと分かっているのに。


 レイ様は、とても正直な人だ。

 感謝や好意を態度で示し、はっきりと言葉にすることを、全く躊躇されない。


 だから――


『セレスティアル、好きだ』


 あの言葉は、ルヴィスさんやラメンテに対して抱くものと同じ。特別な意味があるわけじゃない。


 私のことを気にかけてくださることも、全て、特別な意味があるわけじゃない。


 レイ様にとっては、日常的な行動で挨拶みたいなもの。


 今だって手を繋いでいるけれど、これもレイ様が私の気持ちを落ち着かせるために握っているだけで……


 レイ様に握られている自分の手に意識を向けたとき、私の指に触れている柔らかな感触に気づく。


 お互いの指を絡めるように繋がれた私の手が、レイ様の口元に寄せられていた。


 丁度私の指が、彼の唇に触れていて……


 って!

 ふ、ふ、ふ、触れてるーーーー!?

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