第26話 虚弱聖女と昼寝
レイ様に連れられてやってきたのは、城の屋上だった。
ここからだと、王都が一望出来る。
ラメンテの力によって緑が蘇り、活気に満ちている様子が見えた。
王都の状況に安堵している私の隣に、レイ様がやってきた。同じように王都を見つめながら、大きく息を吸い込んでいる。
「ここに来るといつも、気持ちが引き締まる」
「気持ち、ですか?」
「ああ、国王として、この国を任されている責任感がな」
レイ様の赤い瞳が細められた。
彼の目は今、王都を映している。だけど意識はもっともっと遠く――この国全体へと向けられているのだろう。
彼の発言を聞き、改めて王都の景色を視界に映す。
今私の目の前にあるのは、ただの景色じゃない。
人々の営みが、王都という形をとっている。
王都から離れた場所には、もっともっとたくさんの人々が生活している。
目に見えるもの、見えないもの、それら全てを守るのが、レイ様の使命――
もちろん、聖女と言う役割を引き受けた私も同様だ。
改めて、聖女という役目の重さを痛感する。
でも、レイ様が背負う重責を思えば……
王都を見つめながら、レイ様がポツリと洩らした。
「君がここに来る前は、緑は少なく、もっと寂れた印象があったのにな。それを見るたびに、ラメンテに聖女を見つけてやれない自分のふがいなさ、国の衰退を止められない無力さを責めたものだ」
そう語る横顔は、辛そうだった。
いつも豪胆な彼の苦悩を垣間見た。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように苦しくなる。
しかし、とレイ様が若干表情を和らげながら続ける。
「そういうときは、ここでラメンテから、ルミテリス王国の歴史を聞いていた」
「ルミテリス王国の歴史……ですか?」
「ああ。ラメンテは、この国の始まりから今までを知っている存在だからな」
確かに。
ラメンテは、この国の生きる字引きだものね。
レイ様の視線がふいに鋭くなる。
「ラメンテからルミテリス王家――つまり俺の先祖たちがどれだけ悩み、考え、進んできたかを聞かされた。どんな時代にも課題はあり、その解決のために皆、懸命だった。ラメンテの話を聞いて、ある日気づいた。苦しいのは俺だけじゃない。そして」
赤い瞳が輝く。
苦悩と自責で満ちた瞳が、光で満ちる。
その光が、私をとらえる。
「解決出来ない問題などない、と」
自信に満ちた表情だった。
たくさん悩み、たくさん苦しみ、それでもレイ様は、決して諦めずに進み続けた。
脇目も振らず、目の前のことに一生懸命に。
自分が今できることを、ずっとずっと……
強い。
私なんかがマネできないほど、強くて……そしてこの国への愛で満ちている。
強くて……慈愛に満ちた、優しい人。
赤い瞳がフッと緩む。
私から視線をそらし、レイ様は少し肩をすくめた。
「とはいえ、やはり時々辛くなるときもある。しかし――」
言葉が途切れたかと思うと、レイ様は後ろを振り返った。私もつられて振り返ると、そこには、
「レイ、来たよ。あ、セレスティアルもここにいたんだ」
ラメンテがいた。
フワフワの毛を揺らしながら、私たちの方へと近寄ってきたかと思うと、急に彼の身体が輝き出した。
ラメンテが本来の大きな姿に戻ったのだ。
今から何かするのかと不思議に思っていると、ラメンテがゴロンと床に横になった。そんな彼にレイ様が近づき、フワフワの白い毛の中で横になる。
わぁっ、凄く気持ちよさそう!
私の心の声が出てしまっていたのか、レイ様とラメンテの瞳がこちらに向けられた。
「セレスティアルもおいでよ」
「君も来るといい。気持ちいいぞ」
「は、はい……」
二人に誘われ、私は恐る恐るレイ様の隣で横になった。
白い毛が身体を包み込む。とても暖かくて柔らかくて、優しい匂いがする。
ラメンテの身体が丸くなった。レイ様の方に顔を寄せ、私たちの上に、尻尾を乗せる。毛先が肌に触れて、少しくすぐったい。
「レイ様の仰る、辛いときの対処法ってもしかして……ラメンテと一緒に横になること、ですか?」
「ああ、こうやってラメンテを枕にして一眠りすると、再び前を向けるようになる。まあ今はでかくなったから、枕じゃなくてベッドだけどな」
レイ様の発言が的を射ていて、思わず噴き出してしまった。
確かに、今は枕じゃなくてベッドかも。
ラメンテが、僕はベッドじゃないよってふてくされた様子を見せたけど、その声色はどこか笑っていて、本気で怒っているわけじゃなさそう。
私たちの上に乗っている尻尾が、僅かに揺れているから。
二人はこうやってずっと一緒にいたのね。
苦しいときは寄り添い、お互いの話をしながら――
ラメンテとレイ様の絆を見た気がした。
少し、沈黙が流れた。
ラメンテが呼吸をする度に、私の身体が持ち上がって、下がる。規則正しい動きに、私の心が次第に落ち着いてくる。
視線を上に向けると、青空が広がっている。
この空が、どこまで続いているか分からない。遠くまで意識を向ければ向けるほど、自分が小さくなっていく気がする。
自分自身はちっぽけで、抱えている問題すらも、世界にとっては小さな点ですらないのだろうと思い知らされる。
レイ様の言うとおり、気持ちが前向きになる気がした。
そんな中、レイ様がポツリと呟いた。
「セレスティアル、祖国の聖女たちの件、酷い話だったな」
レイ様の、少し悲しみを滲ませた優しい声色。
それを聞いて、私の胸の奥にあった、理由の分からない苦しみが反応した気がした。
そうか。
私……
守護獣シィ様に、聖女たちが生命力を捧げさせられていると知って、
祖国が、禁忌を犯していると知って、
――心を痛めていたんだ。
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