第1話 ホームレス少女と威圧的な便利屋①

 さてここはとある町───。

 この町の魅力は何と言っても節度のあるもてなしと、物資の流れが良いことだ。


 大国の統治下にない完全独立した町というのは珍しくはないが、周辺に無法の土地が広大に広がる地域では、とてもじゃないが物資も装備も瞬く間に枯渇してしまう。


 だからこそ、世界各地に点在する集落は、貴重な資源の補給拠点となっている。

 この町もまた、悠々自適な旅人や行商人たちを分け隔てなく招き入れ、取り揃えた食料や物資、装備を売ることで、経済を成り立たせていた。


 しかし本日───この町には活気がまるでなかった。

 行き交う人々の表情は暗く、目抜き通りである筈の市場も人の往来は乏しく、屋台に並ぶ商品も店主の気の滅入りが伝染したかのかと思えるほど萎びていた。


「いつまで続くんだ、この状況は」

「町長が何かしら対応しているんだろう?なら辛抱するしかないじゃないか」

「“専門”の調査隊が来ているって話だろう?そうは言ってもだな………」


 大手を広げた店構えの店主がため息交じりでぼやき、通りすがりの主婦がそれに応じる。

 互いが互いを寄り添う為の会話をしているのだろうが、交わす言葉には覇気がなく、徐々に声量が小さくなっていく。


「調査だけで“アレ”をどうにかすることはできるのか………?」


 店主が重い顔を上げると、よく晴れた空に一つ、奇怪な光景が目に映った。


 空には一筋の煙が上がっていた。

 否、煙は「空の中」から上がっていた。


 この町から少し離れた場所には、住民たちの間では有名な「噂」で、滅多に人が近づかない森林が広がっている、森の木々よりも更に高い上空には、ぽっかりと一つの「穴」が空いていた。


 その穴は欠けた陶器の破片の様に不規則な形状で空いており、そこからは灰色混じりの煙が漏れ出していた。


 ───至極当然に異様な光景である。


 世界には魔獣もいるし、魔法だってある、特に後者を扱う者が想像と創造の赴くままに力を行使すれば、あるいはこの様な現象を起こす事も可能なのかもしれない。


 だがこの穴はある日突然、なんの前触れもなく現れたのである。

 一人は「夜中に大きな音がした」とか、一人は「森に巨大な『何か』が落ちたのを見た」「巨大獣の叫び声が聞こえた」など。


 様々な目撃談が町を錯綜して、錯綜して、錯綜して。


 ───それ以上は何も起きなかった。


 穴は「空いただけ」なのである。

 中から恐怖の怪物が出てくるワケでもなく、未知なる文明が押し寄せてくるワケでもなく、ただひたすらに黒煙を巻き上げているだけだった。


 しかしその黒煙が目立って仕様が無い。

 町の人々はこの異様な光景をいつしか「空の火事」と呼ぶようになり、補給物資を目的に町へ向かう人々は、遠方から見える「空の火事」をひどく警戒し、次々と迂回していった。


 その結果───。

 町への来訪者は激減し、流通機能ははめっきりと低下してしまった、一時的な状態ならまだ回復の余地はあるだろう、しかし状況は想像よりも芳しくなかった。


 稼ぎのない日々は続き、人々の様相は少しづつ変化していく、表情は不安か苛立ちからか、決して穏やかなものではない。

 そんな緊張感をあおるように突如、大きな罵声が市場に鳴り響いた。


「待て!このガキ!」

 一人の少女が商店の扉を蹴破り、転がる様に駆け出す、それを逃すまいと店主が鬼気迫る表情で後を追いかけていく。


「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」

 半日も凌げられないであろう食料を片手に、少女は脇目も振らずに走り去っていく、典型の中の典型的な犯行現場の光景。

 この町では本来、殺しはおろか、盗みが起こること自体も珍しい平穏な集落なのだが、周囲の人々は「またか」という表情を連ね、さほど驚いた様子を見せることは無かった。

 その異常とも言える無関心さが、この町の疲弊を実に分かりやすく物語っている。


──そして運命の歯車は、ここからゆっくりと回り始めていた。



          * * *



 市場の騒ぎを尻目に町長の屋敷ではこの未曾有みぞうの危機に対し、緊急特別会議が行われているというウワサが町中に流れていた、なにやらこの奇異なる出来事への対処が可能な「専門の調査隊」がこの町を訪れているとのこと。


 国家の一大事ではない限り「勇者一団」が動くことはない、そんな常識はさておき町民達は専門の調査隊という“あやふや”な肩書きに対し、懐疑心を持ちつつも、この状況を解決してくれるなら誰だって良い、そんなどっちつかずの期待を寄せていた───。


 町長の屋敷の外観は、申し訳程度の威厳を放ち、建物の周囲には特に警備の気配はない。

 無防備といえば無防備であるが、それこそがこの町の従来の平和を表す象徴なのだろう。


 そんな屋敷の出入り口に続く階段の前には、まるで屋敷を占拠した盗賊の見張りの如く、二人組の男女が物々しい雰囲気を放ちながら居座っている。


 その様相に、目の前を行き交う人々は、自分たちの苛立ちを以ってしても、彼らの放つ雰囲気に負け、視線を寄せる事もできずに足早に通り過ぎていく。


 二人はしばらくの沈黙を貫いていたが、やがて女の方からため息混じりに言葉を発した。


「遅いわね………。」


 通り過ぎる男の群れが思わず振り返りたくなるような美しい容姿に鋭く尖った耳、そして丁寧に編み込まれた金色の長髪をなびかせ、女がぼやく。

 傍には長い杖が立てかけられており、その先端部分には、これまた女の美しさを形容したかのような輝きを放つ水晶が取りついてある。


「ね?やっぱりアイツ一人で“交渉”なんて無理があると思わない、ねぇ?」

 女は傍の男に話しかけるが、男は段差に座り、頬杖をついたまま返事をしない。


「ねぇ………?ねえ?ねぇってば!コマ君!」

「るせぇな」

 執拗な女の呼びかけに、コマと呼ばれた男は重い口を開く。


「大将が「ここで待て」って言ったんだから黙って待つんだよ」

 女に視線を向けることなくコマは呟く。


「相変わらず“待て”が得意なのね」

「………余計なお世話だ」


 女が嫌味たらしくニヤけながら毒づく、その言葉でコマの眉間に僅かにシワが寄るも、やはり彼の視線は未だ宙を見ていた。

 会話の内容はさておき、何故この二人が恐ろしげな雰囲気を出しているのか。


 それはこの二人の装いと態度にあった。

 女は前途の通り、目を疑う程の美貌に反し、大小様々なピアスが尖った耳を貫き、異国のスーベニアジャケットを羽織り、腰から下に履いているスリッドスカートからは厚底のブーツが顔を覗かせている。


 その不良めいた印象を加速させるように、彼女の足元には大量のタバコの吸い殻が散乱している、更に彼女は新たな一本を口に咥え、傍に置いていた杖を持ち上げ、タバコの先端に近づけると水晶からは僅かに赤い光が灯される。

 ───ジジジと音を上げながらタバコに火が点き、彼女は煙を肺の奥まで取り込む。


「臭え………」

 鬱陶しそうに手の甲で鼻を塞ぐコマ。


 彼もまた、均整のとれた顔立ちに、白磁のような肌。夕暮れを閉じ込めたような焦げた褐色の髪が、襟足で縛られている。


 誰がどう見ても「美形」のそれだ、しかし彼の印象を一言で例えるなら「狩人」だった。


 コマの装いは古めかしい蛮族の衣装で身を包み、獲物から奪ったであろう毛皮や骨を身に纏い、腰には三日月を思わせるような大きな双刀が備わっている。


 何よりも彼の物々しさを表しているのはその“目つきの悪さ”である。


 左目は漆黒の眼帯で覆われており、視界を担う唯一の右目は、ひと睨みで泣く子を失神させるほどの、凍りつくような眼光を放っていた。


 彼の前を通っただけで、呼吸が浅くなる、まるで凶暴な獣に睨まれたかのような、説明のつかない恐怖。

 まるで“人の皮を被った何か”のようにさえ思える。


 『何がそこまで気に食わないのか?』と思わず問いかけたくなる。

 その圧の強さこそが、彼の恐ろしさに拍車をかけていた。




 周囲の視線を気にする素振りもない二人の男女、互いが互いに放つ存在感は、間違いなく堅気ではないと思わせる所以となり、屋敷周辺から次々と人の気配を遠ざけていった。


「まったくサカキあいつはいつまで待たせるのかしら………」


 「空の火事」を見上げながら短くなったタバコを深く吸い、フライヤ・アークライトは静かにぼやきながら煙を吹き出すのだった───。



          * * *



 ガタガタ。


 屋敷の中では町長を筆頭に町の中心人物と言える面子が客室に集まっている。


 ガタガタガタガタガタ。

「さ、先ほどお伝えしたように………町の近郊上空に現れた怪奇現象の影響で我が町の経済状況は悪化の一途を辿っており………」

 町長が自身の郷村に起きた状況を説明している。



 ガタガタガタガタガタガタガタ。

「こ、こ、このままでは、町の衰退はおろか………最悪の事態の想定を………」



 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ。

 シンプルに町長は震えていた───。


 決して武者震いや強い憤りによるものではなく、全身が恐怖に駆られた町長は、手元の資料の字も二重に見える程の振動をおこしていた。


 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ。

「い、以上の経緯で、我々はあなた方に………は、遥々お越しいただいたわけ………でして……」


 恐怖で全身を震えさせているのは町長だけでなかった、客間にいる全員が皆揃って体を震わせ、やがて室内全体へとその振動を伝えている。


 ただ一人を除いて。

「………………」

 その男は直立不動で表情を一切変えることなく、ただ静かに町長の話に耳を傾けている。


「ど、どう思われますか?サカキ様」

「フム………」


 町長の問いかけにサカキと呼ばれた男は静かに返す。

 その男は客室の高い天井に頭頂が届く程の巨大な体躯、コマとは異なる凄まじい威圧感を与える眼光、口元に収まらない牙、その額からは一対の角が生え、鈍くも鈍い光を放ち、血潮の様に赤い髪が天に向け逆立っている。


 そこにいるのは、紛うことなき「鬼」であった。


 この世の全ての心温まる情景を、地獄の絵画に差し替えかねない凄まじい迫力と威圧感、更に厄介な事にこの男は、周囲の震えの原因が自身であるとは一切気づいている様子がない。


「この町の状況は把握しました、貴殿らが恐れ震えてる「空の火事」とやらも、ここを訪れる際に確認し、しかと認知いたしました………」


 サカキは、その外見からは想像もできないほど、丁寧な口調で町長達へと語る。


 皆は「震えてるのはお前のせいだよ!」と口を揃えて反論したい気持ちを必死で抑えながら、強張った表情を連ね、立ちすくんでいる。


「この町を訪れた際に肌で感じた疲弊、貴殿らの心中を深くお察しする、この土地に訪れた災厄、必ずや我々『モンスター・パニック・サービス』が解決へと導きましょう」

 「おおぉ………!」


 禍々しくも真っ直ぐな瞳で放つサカキが放つ言葉の頼もしさに、町民達は安堵感を含めた喚声があげた、サカキは無表情のままあったが、静かに自身への責任を感じていた。


「では………」

 サカキは踵を返す様に、客間を背を向け振り返る───が。


 ガンッ!!


 そのまま、扉へと額をぶつけてしまう、彼の頭は垂れ壁ごと扉に衝突し、見るも無惨に出入り口側を破壊してしまった。


 「……………………」

 「……………………」


 締まらないしくじりに生じる気まずさ、そして無言の時間が過ぎた後に。


 「失礼………」


 小さく頭を下げ、サカキはそそくさと逃げる様にその場を後にした。


 残された町長達は、その後もしばらくの無言状態が続いていたが、やがて町民の一人が口を開いた。 


 「お、おっかねぇ〜………」


 その町民の言葉を皮切りに一斉にその場にいる全員の緊張が緩和へと移り、次々に床へと、へこ垂れていく。


「それにしても町長」

 町民の一人が床にうなだれたまま話す。


「この状況を“牧場”が検知し“あの人達”を寄越したってことは、まさか………?」

「───どうやら、そうらしいな」


 町長はため息交じりに返事をする。


「空の火事の原因は………“生物”によるものだ」



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