GATE CALL 〜不死身の召喚士と翡翠の転送士〜

鳴呼

第一章(前)

プロローグ・下

 

 ───気がつけば全てが燃えていた。



 「町」や「村」なんてものはこの世界に腐るほど存在している───。

その一つが消えたところで、世界の反対側にある無縁な「町」や「村」は知ることはないし、知ったところで今宵の献立が変わることはない。


 そしてここに、他愛はなくも真摯しんしに生きた一つの村の歴史が終わろうとしていた。


 村は、炎沌えんとんと化し、住民は混乱の限りを尽くし逃げ惑っていた。

建物は火を起因きいんとし、軋み、崩れ、いともたやすく崩壊し、主である筈の住居者を抱き抱える様に倒壊していった。


「もう荷物には構うな!みんなを街から逃がすことに集中しろ!」

 一人の村人が仲間を逃すべく叫び、避難を促すが──。


「うぐぎやああああ!」


 その村人に“何か”が飛びかかり、決死の叫びを嘲笑うかの様に体を引き裂き、その様子に呆然としている村人へ矛先を向け、襲いかかる。


 この村を襲った惨劇は、火災だけではなかった。

 難を逃れようと逃げ惑う人々に異形な姿を持つ獣の群れが次々と襲いかかり、事が切れるのを待たずして喰らい尽くしていく。


 周囲に転がっている死体は火災によるものか、それとも強襲によるものか、もはや死因を気にする者は一人も存在しない、それほどの混乱が村を襲っていた。



 『気がつけば全てが燃えていた』



これほど簡単に多数の見解を統一させることはできるだろうか?


(何故?)(どうして?)(私たちが何をしたというの?)


 予兆のなかったこの惨劇に人々は至極当然の疑問を抱きながら、その回答の機会を得ることなく一人、また一人と倒れていく。


 村は炎と獣によって回帰不能な状態におちいっていた。

 だが村の中心地から少し離れた場所に建つ民家が一軒、その惨状から免れたように健在していた、どうやら災いの順番がまだ回って来てはいないようだった。


 家の中は、団欒だんらんを囲んでいた様子はあるものの、人の気配はなく、奥へと続いた部屋の中は家具が不自然に散乱し、無造作に剥がされた絨毯の下からは地下室へと通じる小さな扉が顔を覗かせている。


 地下室の中を覗くと、そこには二人の若い夫婦と、その娘である幼い少女がいた。

 彼らは避難の支度をするわけでもなく、夫婦は慌ただしく大量の資料を暖炉の火に投げ入れていた。


 少女はというと、部屋の雰囲気とはまるで似つかわしくない小さな箱状の機械に閉じ込められている、彼女は村の惨状を知らないのか、それとも自身に置かれた状況を理解できていないのか、キョトンとした表情で機械の小さな窓から両親の姿を見守っていた。

 密閉された機械の中にいる彼女の耳には、両親が何を話しているのかは途切れ途切れにしか聞き取れなかった。


「まもなくフ──ク─の──が始ま──」


「──サラは───必ら─勇者────に」


「痕跡は───」


 少女には両親が交わす会話も、言葉の意味も、何一つ理解することはできず、両親の焦燥しょうそうが伝染したか、徐々に不安な表情をみせていく。

 そんな彼女を尻目に両親は地下室内に積まれている資料の山を次々に暖炉の中に投棄していき、やがて塵や煙へと変貌しながら、外へと繋がる通気口へ流れていく様を眺めていた。


すると────。


 ガシャアン!と窓が割れる音が室内に鳴り響く、その音は機械に閉じ込められた少女の耳にも届くほど大きく、そして野蛮な音だった。


 なんてことはない、順番が回ってきた、ただそれだけのこと。


 家中の窓は居所を嗅ぎつけた獣の群れによって破壊され、雪崩れ込む様な禍々しい殺意が家の中を埋め尽くしていく。


 父は冷静に机の上の短剣を手に取り、母がその傍へと近づく、しばし何かの言葉を交わした後、二人は互いをきつく抱きしめ合った。


 父は唐突な暴音に狼狽えている少女に目をやると、それまでの緊張感をかき消すかの様に、ニカっと満面の笑顔を彼女に送り、外へと飛び出していった。


 父の笑顔に少女は今までの不安を払拭し、安堵の笑みを浮かべる。


(ああ…なんだ…なにも問題はないんだ)


(ねぇ、お母さん、ワタシも何か手伝うからここから出してよ!)


 自身を閉じ込めた扉をドンドンと両手で叩き、父親譲りの明るい表情で訴え続ける少女に気づいた母は、悲しげな表情を見せながらも、すぐさま穏やかな笑顔に変え、少女の元へ近づいていった。


 扉の窓ガラスに当てた少女の手のひらに、母もそっと重ねる様に手を合わせ、小さく、そしてゆっくりと、少女に向かって言葉を放った────。




 「ごめんなさい……」




 ガラス越しの放たれた言葉を辛うじて聞き取った少女は、母の唐突な謝罪に困惑する。

 すると地下室の出入り口から“何か”が転がるように落ちてきた。


 少女は思わず母と繋がっていた目線を逸らし、落下物に目をやった。


目にしたのは短剣を握りしめ、血まみれになった父の方腕。

それを認識する間もなく獣の群れが地下室に雪崩れ込んでくる。


 母への順番が回ってきた。

 獣の群れは抵抗を与える間もなく、目前の獲物に飛びかかり、幼児達が玩具を乱雑に奪い合うかの様に群がり、むさぼりついた。

 母はされるがままに、その腕を、足を、腑に至るまで、散々と引き裂かれていくが、少女へと向けた笑顔を絶やすことはなかった。

 その顔を喰いつぶされるまで──。


 溢れ出す臓物と吹き出す大量の血が、少女の混乱を遮る様に窓ガラスに飛び散り、彼女の視界を塞いだ。



 建物も、人も、この村の中に原型を留めている物は、ほとんど残っていない。

 ただ一つ、底意地と言わんばかりに「建物」と判別できる程度に健在している、村一の威容を誇っていた屋敷だけを除いて。


 「絶対に中に入れるな!」

 「何がなんでもこの場所を守るんだ!」


 攻め入らんとする獣の群れに武器を振り、村人達が叫ぶ、文字通りの「最後の砦」となった場所を決死で死守をしている屋敷の中では、一人の男が地に足を向けひざまづき、目前にある血で描かれた紋様に向かって呟いていた。



朱魂しゅこん様……我が魂、その全てを捧げます、どうか…どうか“白きうず”をこの世界からお隠し下さい……」



 男は紋様に向かい祈りを捧げたのち、小さな声で呪文を唱え始めた。



「本当に“転送士”無しでいけるのか!?」

 一人の村人が剣を振りながら傍の同志に尋ねた。

「トライバルを信じろ!“召喚”が終わるまでは……召喚さえできれば………」



 ──だが、村人達の必死の攻防も虚しく、次々と湧いて出る様に現れた獣達の数は増していく。

「畜生ォ…ちくじょおおぉああああ!」


 津波の様に押し寄せる獣の群れに必死で抵抗をしていた村人達は、次々に喰い殺され、屋敷内への侵入を許してしまう。


 それでも男は狼狽うろたえることなく祈りに集中している。

 扉が破壊され、その勢いのまま、迷うことなく神父へ突っ込んでいく獣の群れ。

 獣の牙が、爪が、殺意が、神父の襟へと触れようとしたその時──。

 男は小さく呟いた。






 「…………GATE CALL」






 ──直後。

 血の紋章よりあかい光が激しく光り輝き、教会を包みこんだ。

 その光は、輝きを増しながら獣の群れを蹴散けちらし、やがて村全体を照らした。

 村人の死体を喰い漁っていた獣の群れは、その光に食事の手を止め、顔を向ける。


 屋敷はその場所を震源とし、周囲に地響きを巻き起こす。


 その揺れが建物を破壊するよりも前に、屋敷は木っ端微塵に崩れ去り、中からは巨大な「何か」が現れた。


 それは村で一番大きな屋敷よりも、遙かに巨大な鳥の“くちばし”だった。


 続く様に巨大な頭部、山の様な巨大な体──。

 順にその姿を地表に表し、終いには空を覆う程の両翼を広げ、全身は村を焼き尽くした炎よりもあかい炎を身に纏い、大気を焼き揺るがす程の熱力を放つ──。

 その存在こそ、神話の時代より生きる、天を統べ、伝承に名を刻む、“火焔の巨鳥”の姿だった。


 神の化身の如く、巨鳥は天に向かって大きく鳴いた。

 すると身に纏う炎が意思を持った生物の様にうねり、地表に向かって降り注がれ、一瞬にしてその炎は村を多い尽くしていく。


 炎は、僅かな息でもがく村人も、血に飢えた獣の群れも、彼らに一切の苦しみを与える間もなく絶命させながら、村の隅々へと広がっていく。

 その勢いは、やがて村の隅の民家までをも吹き飛ばし、瞬く間に剥き出しになった地下室にまで行き届いた。




 母の血と、渦巻く炎の隙間から、巨大な怪鳥の姿を垣間見た少女は──。





 その日、初めて悲鳴を上げた───。








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