第5話

 と、そこで。


「大変、大変、大変ゴムー!」

 あたしの部屋に、ここまでのムードを完全にぶち壊すようなそんな甲高い声が響き渡った。


「ちょ、ちょっと⁉ ゴムゴムっ⁉」

 50cmくらいの巨大な消しゴムに、顔と手足が付いたみたいな不思議生物――アリスとリカを魔法少女のピュアピュアに変身させた、妖精のゴムゴムだ。

「ヘルス! ここにいたゴムかー⁉」

 この世界の常識を超越した不思議生物らしく、テレポートで勝手にあたしの部屋に飛び込んできたゴムゴムは、男性声優が頑張って出しているような裏声で、一方的に叫ぶ。

「ヘルスがいない間に、強化バージョンのサボルゾーが出てきたゴムー! マスマティカとサイエンスが応戦したけど、あっさりやられちゃって……街が今、大変なことになってるゴムー! ヘルスも早く変身して、助けに来てほしいゴムー!」

「ちょ、ちょっとっ⁉ だ、だから今は……!」

「え……? ヘル、ス?」

「あ、あー……」


 眼の前で、守本さんが呆然としている。

 そりゃ、そうですよねー……。いきなりこんなわけわかんない淫獣が現れたら、そりゃ、ドン引きしますよねー……。

「あ、あの……ち、違うんですよ? こ、これは、ぬいぐるみで、電池で動いてるだけで……」

「あ、あー。そう、だよね……」

「何言ってるゴム⁉ ゴムゴムは、ぬいぐるみじゃないゴム! そんなことよりヘルス! 早く二人を助けに行くゴム!」

「……え?」

「うるっせー! ぬいぐるみは黙ってろ!」

「ひ、ひどいゴム! ヘルス、どうしちゃったゴム⁉ まさか、サボルゾーに操られてるゴム⁉ ヘルス!」

「つーか、あたしのこと、ヘルスって呼ぶんじゃねー!」

「マスマティカたちよりもピュア・エナジーが高いヘルスが来てくれないと、太刀打ち出来ないゴムー! 早く、ヘルス……」

「あーもう!」

「な、何が……?」

「……は、ははは」


「……ゴム?」

 そこで、ようやくこの場に守本さんがいることに気づいたらしいゴムゴム。

「……ゴムム?」

 ったく……。いつも「ピュアピュアのことは秘密ゴムー」とか言ってるくせに、自分が第三者の守本さんにバラしちゃってるじゃん。どうすんのよ、これ? どう責任とるの? せっかく、ちょっといい感じになれてたのに……。

「……ゴムムム?」

 と、いうか……。

「は?」

 え、何?

 なんか、ゴムゴムの様子が……?

「す、すごいゴムー! すっごいピュア・エナジーを、感じるゴムー! こんなピュアピュアなエナジーは、見たことないゴムー!」

 え? 嘘?

 ま、まさか……あたし?

 通信教育の忍術で偽魔法少女やってただけなのに、ついに、本物魔法少女が使う「エナジー」的なものが出せるようになっちゃった……? 忍術使わなくても、本物の魔法少女になれちゃう感じ……? えー……サキュバスがピュアとか、ちょっと恥ずかしいんだけどー?

 なんて、いまさらなことを考えてたんだけど……。

 よく見たら、ゴムゴムが向いているのは、あたしの方じゃなくって……。


「お願いゴム! ゴムゴムと契約して、魔法少女のピュアピュアになってほしいゴムー!」

「は?」

「え……守本、さん……?」

「いや……急に、魔法少女?って、言われても……。と、というか、俺は、そもそも男で……。実は、人間じゃなくて吸血鬼で……」

「関係ないゴム! これだけ大きなピュア・エナジーを持ってるなら、男だろうが吸血鬼だろうが、余裕で変身出来るゴムー! こんな……『数百年間ずっと守り通したみたいなピッカピカの純真さ』があれば、最強のピュアピュアになれるゴムー!」

「お、おい⁉」

「新しいピュアピュアの、誕生ゴムー!」


 え、えぇぇぇ……。




  *




 それから、数十分後。

「だ、大丈夫、ですか?」

 夜の公園に、紫門と女々子がいる。


 あのあと、妖精ゴムゴムによって半ば強引に魔法少女――ピュア・ホームワーク――に変身させられた紫門が、パワーアップした敵モンスターのマジサボルゾーを、一人で瞬殺した。

 本来であれば、敵を倒して危険な状態から解放されると、自動的に魔法少女の変身は解除され、通常の格好に戻れる……はずなのだが。吸血鬼として数百年間蓄積された「ピュア・エナジー」がなかなか収まらなかったらしく、紫門の変身は今もまだ解除されていなかった。

 もちろん。

 スクールガール・ピュアピュアという魔法少女に、都合よく成人男性用のコスチュームなんて存在しない。他の少女たちと同じような、「セーラー服をモチーフ」とした「女子中学生用」のフリルとリボンとスカートで構成された格好で……しかもそれが自分で解除できなくなってしまった紫門は、自己嫌悪で戦いが終わった瞬間にその場から逃げ出した。そして、今は公園の遊具の中に隠れていたのだった。


「あ、あのー、守本さん?」

「見ないでくれ……」

 何を言っても今の紫門の救いになるとは思えなかったが、とりあえず何か言ってみる女々子。

「で、でも……最近だと、男の子が変身っていうのも、なくもないっていうか……」

「俺は、男の子じゃない……」

 彼は、スカートから伸びるスネ毛が生えた生脚を抱きかかえて、体育座りのような態勢で小さくなっている。

 そんな彼を見ていると、

(ふふ……。守本さんって、大人で、落ち着いてて、そこがかっこいいと思ってたけど……。意外と、こういう情けないとこも悪くない、っていうか……。あたし……これからも、この人のいろんな顔が見てみたい……かも)

 女々子は、自分の中に不思議な気持ちが湧き上がってくることに気づいた。

(そっか……きっとあたし、きっとサキュバスとか、精力とか、関係なく……。守本さんのことが、もっと知りたかったんだ……。守本さんの、いろんな顔…………っていうか、もっと……「こういう感じ」になってるところが、もっと見てみたかったんだ……)


 それから、さらに一時間後。

 溢れ出していたピュア・エナジーが落ち着き、ようやく変身解除された紫門が、それまでずっと付き添ってくれた女々子を家に送り届けるために、並んで歩いていた。


「もー、あたしに感謝してくださいよねー? 夜の公園に男の人があんな格好でいたりして……警察が来たら、即逮捕案件でしたからねー?」

「全部、きみのところの妖精のせいなんだけど……」

「でも……男の人の割には、結構似合ってたと思いますよ?」

「全然嬉しくないよ……」

「……ピュア・ホームワークちゃん?」

「おい! 殺されたいのか⁉」

 女々子を、殺し屋の瞳でギロリと睨む紫門。

 しかし……徐々にその視線は緩んでいく。

「ふ……ふふ……」

「うぷぷ……ぷぷ……あは……あはははー」

「ふふふふ」

 結局、我慢できずに声をあげて笑ってしまうのだった。


(はは……馬鹿らしい。なんだ、これは? 俺は本当に、何をしているんだ……)

 笑いながら。

(もう……彼女を殺すとか、殺さないとか、どうでもよくなってしまったじゃあないか……)

 紫門は、今日の自分の「理由のわからない行動」のことを考える。

(そうか……きっと俺は、あこがれてしまったんだな……。「食事」――吸血鬼の性質と、それを続けるための「仕事」に数百年縛られてきた自分に嫌気がさしていたところに……それと真逆の、生きる喜びに満ちた彼女を見つけて……彼女にあこがれて……。だから彼女に……女々子に、死んでほしくないと思ってしまったんだ)

 懐からスマートフォンを取り出して、死神アプリを確認する。

 女々子に対する魂回収リクエストは、とっくに取り消されている。「回収承諾」しておきながらそれを実行しなかった紫門のアカウントにも、最低評価がつけられてしまっている。これではもう、今後はまともに死神業務なんて出来ないだろう。

「はあ……」

 諦めの気持ちを込めたため息とも、これからの苦難に立ち向かうための決意の深呼吸ともとれるような、大きな息を吐く。そして、紫門は言った。

「これからきっと、たくさんの殺し屋たちと……おそらく、今日の俺の代わりの死神が、きみのことを狙ってくると思う。でも……きみのことは、絶対に俺が守るよ」

「ぶっ⁉」

「ん? どうした?」

「い、いきなり、何言ってるんですか⁉ こ、告白⁉ 今あたし、独特な表現で愛の告白されました⁉ むしろ、『殺し屋』とか『死神』とか、中二ワード満載でプロポーズされちゃいました⁉」

「ああ、そこから説明しないとだな。実は俺は、『死神』で『殺し屋』の『吸血鬼』で……」

「いやいやいや! あ、あたしが言っていいことじゃないかもですけど……それ、スッと納得するの無理ですからね⁉」


 そんな調子で。

 「死神くずれ」で「殺し屋」の「吸血鬼」……さらに今日からは「魔法少女」にもなってしまった守本紫門と。

 「Sっ気ありの半人前サキュバス」で「通信教育クノイチ」な「先輩魔法少女」の舞咲女々子は……少しずつ、距離を近づけていくのだった。




………… (存在しない)次回予告 …………


 紆余曲折ありながら、はれて付き合い始めた、あたしと守本さん。

 でも、そんなあたしたちの前に、次々と恋のライバルたちが現れる。


「あら? あららららー? もしかして、もしかして……あーしちゃん様のこと、見えちゃってる的な感じですのー⁉ ヤバー! マジ、うけるんですわー!

この、『ギャルJKお嬢様幽霊』のあーしちゃん様が見えちゃうメンズとか、めっちゃ激レアですわー! 呪い殺しちゃったりしても、良きかしらー⁉」

 とか……。


「くんくん……くんくん…………ニャ⁉ 見つけたニャン! 最近この地域で頻発している連続吸血殺人事件の犯人を、ついに見つけたニャン!

ニャーッ、ニャッ、ニャッ! 警察が諦めたようなどんな難事件でも、この、『猫又TSアンドロイド探偵』にかかれば、余裕で解決ニャン! 真実はいつも…………Now Loading…………Now Loading…………Now Loading…………87%の確率で、一つだニャン!」

 とか……。


「ふははは。そこの地球人の女よ……あまり、吾輩の近くにくるではないぞ? あんまり近づかれると、吾輩は勘違いしてしまうからな? この、『記憶喪失転生魔王でコミュ障オタク宇宙人』の吾輩は、地球人の女性には慣れていないのだから……」

 とかとか……。


 いや……。

 いやいやいや……。

 だからさ……あたしが言うことじゃないってのは、分かってるよ? 分かってるんだけど……。


 

 お前ら、ややこしいんだよ! 「設定」は、一人一つにしろ!

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てんぷら! ~テンプレ盛り過ぎキャラの恋~ 紙月三角 @kamitsuki_san

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