第四節 木漏れ日の広場
おいしい。
ランド、さすが森暮らし。
塩分とスパイスがちょうどいい。下ごしらえもしてたから、香味も効いてる。
わたしは、広場中央の焚き火の側でお肉を食べている。
ランドにうながされて座ったのは、座椅子ぐらいの高さに切られた丸太。これは黒い木ではないから、ランドが家から持ってきたのか、それとも街で買ったのか。
広場の奥の方の解体台には吊るされた獣。その獣を見ると、このお肉はジカのものだってわかった。
そして、落ち着いて周りを見ると、わたしの背中側、つまりここまで来るとき通ってきたルートは間違っていたってこともわかる。だって、広場の周辺はそこまで木が生えてるわけじゃなくて、少なくとも結構奥の方まで見通せる。木の密度で言ったらそう、林レベル。獣だっていくらでもいるよ、そりゃ。わたしの背中側だけだったよ、やばいのは。
わたしが四本目のお肉に突入した時、ランドはとうに食べ終えていて、動き回って片付け作業をしていた。てきぱきと動いていて、こういうとき性格が出るってわかるね。
……あれ? わたし、食べてるだけ……?
焚き火の近くにきたランドは、
「……一応聞くけど、肉はもういいよな?」と、聞いてきた。
「大丈夫! ありがとう!」
「保存するから、もう追加で焼かないからな? 火も消すぞ?」。だから、大丈夫だってば!
*
わたしが食べ終わったとき、やることが済んだらしいランドが戻ってきた。
「ありがとう! おいしかった!」
わたしが椅子を使ってるからか、ランドは少し離れたところに立っている。体の正面をこっちに向けていないので、わたしはランドの横顔を見ている感じ。でも、意識はこっちに向いている。火の消えた焚き火を中心に、地図でいうと南と東みたいな、そんな距離感。
「……その髪の色。あんたは、北の狩猟民の生まれなのか?」
ランドは、ぼそりとそう言った。
きょとん、としてしまったわたしをちらっと見て、
「……違うのか?」と、ランドは続けた。
わたしは笑った。「ごめん! いきなり、めずらしいこと聞かれたなって思って」
わたしはその桃色の髪の――左右に分けて、うなじあたりで括って垂らしている――片方の束を触った。「えーとね、わたしの生まれってなるとちょっと違うんだけど、ママの方のルーツが北の山だね。でもよく知ってるね。なんで?」
「ああ。本で読んだ」。なんか、得意げだ。それに、本、読むんだ。
「……はあ」ランドはため息をついたあと、広場の奥の方に歩いていった。
わたしは考える。
なんでため息なんだろう?
――いや……わかった。これ、よっこいしょ、的な意味なんだ、この人は。
というか、もう会話終わり?
ランドは解体台の方へ向かっていった。見ていると、解体台の側にある、木の台の前に立ち止まった。
そこには、剥ぎ取られたジカの皮があって、綺麗に畳んでのせられていた。その皮の上には、切断された頭がのっている。解体されて使い道のないそれぞれの部位は、台の横の地面にこれまた綺麗に重ねられて置いてあった。そういえばさっき、そこでの作業に一番時間かけてたね。
わたしは獣の解体の経験があまりないけれど、ランドがどれほど丁寧に作業したのかは、見ただけでわかった。
――あれ?
わたしは、その光景を見ていて、ふと、気づいたことがある。
……そういえば、なんで空葬が始まっていないんだろう?
――空葬――。
それは、不思議なこと。
この世界で生きる誰もがみんな、死ぬと空へ昇っていく。人も、獣も、黒い森の魔獣も。
それが役目を終えたとき、空へ葬られる、と人は言う。
例えば、わたしたちの役目ってなんだろう? って考えたら、生きること、それ自体なんだなって思った。だって、突然死んだ人は、お別れもできないまま、いつの間にかいなくなってしまうから。
だからみんな、体のどこかにアクセサリーをつける。わたしの前髪の髪留めのように。銀の装飾品だけが、空に昇っていかない唯一の形見になるから。
あーあ……。
なんか、気分が落ち込んできちゃったな……。と思って、わたしはなんとなく上を見た。
円形の広場に沿って開かれた空は、いつものように晴れ渡っている。
ランドはまだ、解体されたジカを見ている。
……じゃあ、あのジカが、空へ逝かないのはなんで?
役目はとっくに……。
そう思っていると、ランドは下げていた両手をわずかに上げて、頭を前に傾けた。
「え……?」
わたしは、急いで立ち上がった。ここからではランドの後ろ姿しか見えないから。
何かが起こりそうな気がした。直感で。
近づいてみると、ランドは両手の手のひらを胸の前でぴったりと合わせていた。頭を前に傾けたままで、目をつぶっている。
――ランドはいったい、何をしているの? この構えはなんだろう?
それに、いま何も話しかけちゃいけない気がするのはなんでだろう。
それでも、わたしは、
「ねえ、ランド……?」小さな声で呼びかけてみた。
そのとき――
木の台や、そのまわりにある解体されたジカのすべてが、ふわりと浮いた。
「あっ……」始まった。
「空葬……」と、わたしはつぶやいた。
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