第27話

【久遠寺eyes】





 お兄ちゃんと凛が話してるのを見てすっごくおもしろくないって思った。

 お兄ちゃんを凛に取られたって思ったのが嫌だったんだと思う。

 俺を無視して二人で見つめ合ったりしてるから!

 それだけだから!!


「く~おん!」


 呼び声と一緒に手を引かれて足が止まる。

 行先とかわかんないまま、ただ勢いでズンズン進んでた……。

 それを誤魔化すように勢いよく振り向いたら凛が自分の親指の先を下唇に押し当てて何かを考えてる。

 様になるんだよね、凛って。

 お兄ちゃんほどじゃないけど格好いい男の人なんだと思う。


「この“神の悪意”レアケースかもしれねぇ」

「え?」


 視線を彷徨わせて気配を探るような凛。

 レアケース?

 周りの気配を探ろうと意識を集中してみたけど、全然ダメ。俺には本体の所在なんて全く分かんないし、さっきみたいなちっさい“神の悪意”の気配すらわかんない。そもそもアレが小規模の“神の悪意”だったのか本体から切り離された同一の“神の悪意”だったのかすらわからない。

 今だってただ仄暗い廊下が延々と続いてるようにしか……延々と?あ、この廊下こんなに長くない。もう階段に着いてたっていい頃だ。


「なぁ寿人」

『凛の仮説が当たり』


 わけわかんないから!

 二人の世界に入んないでくれる?

 ちょっとムッてして睨んだら、お兄ちゃんがへにゃって笑った。

 十年前と変わらない笑顔。

 それに胸がギュッてなる。

 お兄ちゃんが笑うと俺は凄く切なくなる。

 凛もそう。

 本当なら、二人は疾うに二十歳を越えてる。

 普通に生きてたら結婚してたっておかしくない年齢なんだ。ふたりとも凄く魅力的だし、きっと子供とか居て、いいお父さんしてたんじゃないかな。

 凛は親兄弟はまだ生きてるだろうし……


「ねぇ」

「あ?何?」


 今こんな事聞くのは不謹慎なんだろうけど。

 気になって仕方なかった。

 俺には親類は居ない。

 でも……


「凛の家族って……?」

「ピンピンしてる」

「会ってるの!?」


 俺と繋いだ手を見つめてから、グシャグシャグシャッて空いてる方の手で俺の髪を掻き混ぜるみたいにして撫でた。

 武骨な撫で方がかえって切ない。


「物陰からコッソリな」

「え?」

「俺、葬式あげられてっから」

「えぇぇっ!?」


 何でもない事みたいに笑ったけど、辛くない訳無い!

 そんなのって無い!!


「WODSに入って暫くはほら、歳とっても姿あんま変わんねぇ奴って感じで平気だったんだけど、やっぱ五年、六年経って久しぶりに会って姿が変わんねぇーなじゃ済まされねえじゃん。大学出た奴等とかさ、同窓会で会ってあからさまに引いてたよ。周りは着実に老けてってさ、肌とか張りなくなって皺とか出てきてさ。白髪とか、出始めんじゃん?それなのに俺はいつまで経っても十代の見た目なわけ。こんなのもう誤魔化しきれるもんじゃねーなって」

「でも……」

「WODSの扱った事件でさ、凄い爆発のがあって……ま、丁度良いから巻き込まれたことにしてさ、死んだわけ」


 そんな軽いもんじゃない。

 口では軽く言う凛の目は本当に切なくて。

 思わず繋いだ手に力を込めた。


「死因、爆死ってあんま居ねぇよなぁ」

「凛……」

「まぁ、肉片しかねぇってんでからっぽの棺の葬式だったからな。親は息子の死を受け入れんのに時間かかったみたいだけど、今は普通に暮らしてっから」


 小さく、表面上はって呟いた。

 子供が爆死して平気な親なんか居るはずないじゃん。

 遺体すら抱いてやれないなんて、そんなに辛い事ってない。

 棺に姿の無い葬式なんて……


 泣きじゃくる自分の記憶が思わずフラッシュバックしてくる。

 空っぽの両親の棺。

 火事では到底有り得ない高温で熱された両親に遺体はなかった。

 お兄ちゃんだけ。


 死を受け入れることが出来るのは、きっと遺体っていう絶対的な現実が目の前に横たわっているから。


 凛の家族を想っていたら目頭が熱くなった。

 この数日だってわかる。きっと凛はお兄ちゃん以外の友達だって多かっただろうし。

 一体何人の人が理不尽な死を受け入れたんだろう。

 それに家族や知り合いに見つからないように、今まで自分の生きてきた場所へはきっと近づけないでしょ。

 自分の生活圏を全否定して生きる。

 そんなのってない。


「く~おんっ」


 凛の指が俺の頬を撫でた。

 少し滑った感じで自分が泣いているんだって気が付いた。


「お前って本当に……」


 優しい顔で何かを言い掛けた凛が言葉を飲み込んだ。

 それからニッて笑って俺をギュ~ッてきつく抱き締めた。


「WODSの奴等、皆似たようなもんだからな」


 抱き締めたまま髪をクシャクシャ撫でる。

 凛の甘い香りに益々涙腺が弛んで、キュッてしがみついたまま少し泣いた。




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