第6話 蓄音機

「ひでぇな、こりゃ」


 目の前に経つ音楽喫茶店は、霜が張り、氷漬けになっていた。

 俺たちが到着する前に魔術師補佐によって人避けの魔術が施され、道路に呪文が浮かんでいる。野次馬は一人もいない。


「でも、当てが外れたな。霜鳴神社を襲った霊魔じゃない、別件だ」

「このタイミングなら絶対そうだと思ったのになー……案外ってことない?」

「ないな。火と氷じゃ性質が反発し合う。仮に霜鳴比売が食われてたとしても、力の継承は成立しない」

「だよねぇ。じゃ、この件は中をかるーく見て他の魔術師に任せちゃおっか」

「だな」


 凍て付いた扉を破るように開いて、寒気のする店内に足を踏み入れた。

 カウンターも、椅子も、テーブルも、何もかもが雪に覆われ、凍て付いている。こういうコンセプトの店なのではと、一瞬疑ってしまうくらいだ。

 犠牲者は三人。

 店主と二人組の客だそうだ。

 いずれも体の芯まで凍て付いて、即死だったらしい。

 死体のほうはすでに魔術師補佐によって回収済み。

 解凍された後、適当な理由をつけて遺族の元に送られる。


「凍ってること以外は普通の喫茶店だな」

「霊魔はなんでここを襲ったのかな?」

「白昼堂々、わざわざ店内まで丁寧に凍らせてる辺り、意図がありそうなもんだが……」


 店内を見渡して見ると、ふと片隅にある蓄音機が目に付く。

 行き付けの音楽喫茶に置かれているものとは形状が違うが、それでもそれが破壊されていることは明白だった。

 部屋の隅にある蓄音機にわざわざ近づいて壊したのか?


「あ、蓄音機だー。でも、これラッパの奴ついてないね」

「ラッパがない奴もあるけど、これは折れて無くなってるな」


 その形跡がある。


「霊魔が持ってったってこと?」

「元から壊れてた可能性のほうが圧倒的に高い」

「あ、そっか。霊魔もラッパなんていらないよねー」


 足下に散らばったレコードの破片に視線が落ちる。

 風代が見たら激怒するだろうな。

 結局、あれから飽きることなく、レコードを聞き続けていたことだし。


「うーん。結論! よくわかんない! 以上! とりあえず別件だって報告して、あとは別の魔術師に任せよー」

「だな。出よう」


 色々と疑問はあるが、それを解き明かすのは後から来るであろう魔術師の仕事だ。俺たちの仕事は霜鳴神社を襲った二体の霊魔を始末すること。ここにばかり構ってはいられない。

 氷漬けの音楽喫茶店を後にした俺たちは、ほかに手掛かりもなく、一旦また霜鳴神社に戻ることにした。


「ラッパか」

「どーしたの? 急に」

「いや、冷静になって考えるとちょっと可笑しいなって」

「どこが?」

「蓄音機を壊れたままにしてたのが」

「そー言われて見ると、たしかに変かも。蓄音機が壊れてたら音楽流せないし、そんなの音楽喫茶店の醍醐味なくなっちゃうもん。普通はすぐに直すよね?」

「あぁ。それに壊れた蓄音機にレコードがセットされたままだったのもな。修理の時邪魔になるし、閉まっとくもんだろ? まぁ、横着してたと言われればそれまでだけど」

「うーん……じゃあやっぱり氷の霊魔が持ってっちゃったのかな? ラッパ。でも、なんのために?」

「そこだよなぁ……」


 蓄音機の本体を壊してラッパの部分だけを持ち去った。これには明確な意図があるはず。でも、蓄音機のラッパだけを欲しがるってどんな状況だ? 自宅にある蓄音機のラッパが壊れているとか、そういうシチュエーションしか思い浮かばない。

 霊魔が自宅に蓄音機を? そんなバカな。


「蓄音機、ですか?」


 そう言ったのは、荒らされた境内の掃除に勤しんでいた神主だった。


§


「こちらが送られて来た蓄音機です」


 それは境内の片隅にある保管庫に収められていた、古めかしいものだった。

 立派なラッパが付いていて、傷がほとんどないことから大事にされていたのがよくわかる。後付けで内部バッテリーが組み込まれているらしい。


「魔術師の方がいうには霊魔の素材が使われているらしく、ここでゆっくりと魔力を祓ってほしいと。この霜鳴神社は音に関する事柄を引き受けることが多いですから」


 始まりが霜柱を踏んで音を鳴らしていたことだから、か。


「霊魔の素材が……それはどのような」

「えぇ、鬼の角だと聞いています」

「鬼の角?」

「使われているのはちょうどこのラッパの部分ですね」

「たしかに角の内側をくり抜けばラッパに出来そうですけど」


 なぜ蓄音機のラッパに鬼の角が?


「なんでも鬼の角で作られたラッパからは質のいい音が響くようで、音質に拘る方はこれを重宝したとか」

「なるほど、音質ですか」


 通常、倒された霊魔は消滅するが、稀に体の一部が残ることがある。

 ただそれがカタギの市場に出回ることはまず無いはずなんだけど、期せずして魔術師の汚職を見てしまったようだ。横流しされた霊魔の素材で作られたのが蓄音機なのは不幸中の幸いか。

 なにか物騒なものでも作られていたらと思うとぞっとする。


「ねぇ? それじゃああの喫茶店にあった蓄音機も」

「鬼の角が使われてた可能性はあるな。同胞の遺品を取り返すために喫茶店を襲った」

「では、ここを襲った鬼が?」

「いえ、そんなことはない、はずなんですけど」


 喫茶店は氷漬けになっていた。襲ったのが鬼だとしても、それは青鬼のはずだ。炎操る赤鬼では性質の反発があって氷の力は操れない。霜鳴神社を襲った霊魔とは無関係の別件のはず。

 だけど、タイミングが重なりすぎている。


「神主さん。霊魔は言ってたんですよね、手に入れたーって」

「え? えぇ、はい。手に入った。本当だった。これなら」

「これってさ。普通なら手に入らないものが手に入ったって風に聞こえるよね?」

「……もし何らかの方法で本来継承できないはずの氷の力、霜鳴比売の力を継承したとすれば、霊魔どもの狙いは……」

「蓄音機?」

「だとしても、まずここを襲った理由にはならないが――」


 別に氷の力を無理に継承しなくても、カタギの喫茶店にある蓄音機くらい容易く奪えるはずだ。まず何か氷の力を継承しなければならない理由があって、そのついでに蓄音機の件があるはず。

 けど、今この場で四の五の言っても解決はしないか。


「神主さん。この蓄音機、一晩借りられますか?」

「え、えぇ、もちろん。ですが何に使うつもりで?」

「霊魔を誘い出します。奴らの今の狙いが蓄音機なら、クラシックに惹かれてやってくる。そこを叩きます」

「……わかりました。なら、場所はここを使ってください。境内はどれだけ荒れても構いません。この地で霜鳴比売様の仇を」


 それに応えるのは俺の役目じゃないな。

 そう思い、伊吹に目配せすると頷きが帰ってきた。


「任せてください! 私なら楽勝でーす!」


 閉まらない返事だが、とにかく事態が前に進んだ。

 この真実を確かめよう。

 本当に霜鳴神社の襲撃と、あの音楽喫茶の凍結事件が繋がっているのかどうかを。

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