第5話 霜鳴神社
仕事現場に向かう道すがら、伊吹と色々と話をしてみると、案の定というべきか、第一印象とほとんど変わらない人柄をしていた。
明るく、活力があり、天真爛漫。冠位魔術師候補というからには、もっと厳粛な人物を想像していたけど、どうやら違ったみたいだ。
「で、なにしてんだ?」
腹に手を当てられている。
「キミの中にあるんでしょ? 天津渦彦の力。こうやったら感じ取れるかなーって」
「感じ取れたか?」
「ぜーんぜん! あはは!」
天津渦彦の力に臆した様子もない。
身の丈に合わない力がいつ俺を見限って暴走するかもわからないのに、だ。
まぁ、一応この一ヶ月、それらしい兆候は皆無だったんだけど。
それにしたって度胸がある。肝が据わっているのか、暴走しても対処出来る自負があるのか。後者だと非常に頼もしいんだけど。
「あ、そうだ。詳しい情報共有しとかなきゃ」
「あぁ、頼む」
まだ仕事の内容をざっとしか知らない。
「えっとね、いま向かってるのが
随分と伊吹ナイズされた昔の人だな。
「霊魔からしたら遊んでただけなのに神様にまで祭り上げられたわけだ。で、それがつい最近まで続いていた、と。信心深い人が少なくなった現代でも細々とやって行けてたみたいなのにな」
ネットの普及と共に神秘は暴かれ、人工衛星によって地球上から未開の地が消滅しつつある。もはや枯れ尾花を幽霊と見間違える人はいないし、心霊写真も随分と鳴りを潜めた。
時代の進みとともに信仰が薄れることは必然だった。
「今回の仕事、その霜鳴神社を襲った霊魔の退治ってことでいいんだよな?」
「それでオッケー。あ、見えて来た」
長い長い石階段を登った頂上には、やや古ぼけてはいるが立派な鳥居があり、その先には決して広くはないが十分な敷地面積の境内が広がっている。
しかし、その様子は荒れ果てていて、平時の面影はなくなってしまっていた。
「酷いな」
鳥居を潜って直ぐ目に入ることになる御神木が焼け落ちている。周囲の地面にも焼け焦げた痕があり、地面や砂利は大きく深く抉られている。
不幸中の幸いとして本殿にまで火の手は及んでいないようだが、賽銭箱は破壊され、その上に吊されているはずの本坪鈴は凹んだ状態で地面に転がっていた。
中でも一際目立つのは、壁のように競り上がった氷の波だ。
「話によれば昨夜、突然霊魔に襲われたんだって。霜鳴比売は必死に抵抗したみたいだけど……」
「力及ばずか。でも、体張って護ったんだよな。自分のところの領地と、仕えた人たちを」
それが霜鳴比売の命の使いどころだった。
「お待ちしておりました」
神主が現れ、中に通される。
人間の犠牲者は、奇跡的なことに一人もいなかったらしい。
「霜鳴比売様は最期まで霊魔どもに果敢に挑まれていました」
「ども? ここを襲った霊魔は複数体いたってことですか?」
「はい。二体いました。どちらも火炎を操る霊魔で、霜鳴比売様は苦戦を強いられ、最期には……」
神主の表情や態度、声には深い悲しみが現れていた。
ここは霊魔と人の共生が、他よりもずっと上手く行っていたらしい。
ほかじゃ神主がヌシの霊魔に畏怖を抱いていることが多いが、彼からは敬愛を感じる。
惜しいことだ。
「火の霊魔の特徴をもっと詳しく聞かせてください」
「片方は鬼、もう片方は車輪でした」
「赤鬼と
鬼の分類の中でも特に火炎を操るのに長けた霊魔と、燃え盛る車輪の中央に男性の顔が張り付いた霊魔。どちらも霜鳴比売に有利をとれるし、神主の証言からしてまず間違いない。
名ありの霊魔は強い。
もちろん俺に交戦経験はないし、もしそんな機会があれば俺も風代もとっくの昔に死んでいた。
「最後に。なんでも構いません、なにか気になったことは?」
その問いに思い出す仕草をした神主は徐に口を開く。
「手に入った。本当だった。これなら。よく聞き取れませんでしたが、霊魔どもがそんなことを言っていました」
「手に入った。本当だった。これなら。ですか」
二体の霊魔が霜鳴神社を狙ったのは、なにかを手に入れるため。
「しかし、なにを手に入れたのかがわからないのです。ここからは何も無くなってはいませんでしたので」
「でも、たしかに手に入った、と」
「はい」
目的は判明したが謎は残った。
二体の霊魔はこの境内で一体なにを盗んで行ったんだ?
「これ以上は埒があかないか」
ちらりと隣りに目をやると、伊吹と目が合う。
意見が合ったな。
「わかりました。一旦はこれで。またなにか有りましたら話を聞かせてください」
「はい。霜鳴比売様の仇をどうか、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げた神主と一度別れ、本殿を出て境内に戻る。
伊吹は最後まで一言も言葉を話さなかった。話を聞くのは下っ端の役割だからだ。身に染みついた習慣だから今回もそうして、伊吹はそれを尊重してくれていた。
「はーあ、正座って苦手ー。尊人くん。マッサージしてー?」
「してーって。する奴なんているか?」
「いるよ? クラスの男の子はお願いしたら肩もみとかやってくれるし」
「クラスって、学校の? いくつなんだ?」
「歳? 今年で十七! 高校二年生!」
「二個下か。高校生。はー……」
「なになに?」
「いや、べつに」
ただ歴然たる差を見せつけられて、自分の不出来さに絶望しただけのことだ。
よくあるよくある。下っ端が一々劣等感を抱いていたら切りがない。
そう言えば同期にも一人、飛び抜けて優秀な奴がいたっけ。
そいつ今なにしてるかな。もう高位の魔術師になっているかもな。
「それよか仕事の話だ。神主の話じゃ二体の霊魔はここから何かを盗っていったらしいが……物理的に存在するもんじゃないかもな」
「んー、たしかにそうかも。神器に宿った魔力かも知れないし、この地に宿った神力かも。でも、それなら神主さんもわかるよねー」
「ここを襲ったあとどこに消えたのかも手掛かりなし。なら、次の動きを待つしかなさそうだな。たぶん直ぐだ」
「どうしてわかるの?」
「誰だって新しいオモチャを手に入れたら遊んでみたくなるだろ?」
「なるほどー、たしかに! 私もコスメとかプレゼントされるとすぐ使っちゃうし!」
「クラスの男子にか?」
「そうそう、よくわかったね」
「話を聞いてりゃな」
プレゼントで好感度稼ぎ。
まるで貢ぎ物で神様の気を引こうとしてる信者だな。
それが悪いこととは言わないが。
「じゃーあ、なにかあるまで待機かぁ。暇だなー。この辺でオシャレなお店ってなにかないかな?」
「その辺の喫茶店でよくないか?」
「えー? 折角なんだからもっと大人っぽいところ行きたいなー。あ、そうだ。バー! バーに連れてってよ! 大人でしょ-?」
「まだ未成年……でもなくなったのか、最近は。だとしてもダメだ。高校生なんて連れて行けるか」
「ケチー」
「バーじゃなくても大人っぽい店なら他に幾らでもあるだろ」
「例えば?」
「あー……音楽喫茶とか。落ち着いたレトロな空間でコーヒーを飲みながらレコードでクラシックとかジャズを聞きながらその世界観を楽しむんだ」
「わぁ……なんだか大人っぽい! 行く行く! 連れてって!」
「待て待て、調べてやるから」
「行き付けのお店があるんじゃないの?」
「あるにはあるが……遠いんだよ。ここからそんなに離れられないだろ?」
「そっかー。じゃあ、大人しく待ってまーす」
現在地の周辺に該当する喫茶店がないかと携帯端末を操作し、ちょうど良さそうな店を発見した。
「ここなんか――」
軽快な音が鳴る。
伊吹の懐からだ
「はい」
すぐに会話を始めた伊吹は、すぐに通話を切った。
「動き出したか」
「そうみたい。場所は――ん? そこって」
伊吹の視線が俺の携帯端末に落ちる。
「わーお。そこだよ、そこ!」
「ここ?」
現場はどうやらちょうど俺が見付けた音楽喫茶店だった。
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