第8話 忍法・変化の術!(ただし食べ物に限る)
忍ヶ丘学園の実技訓練は、俺の予想を常に斜め上に超えてくる。今日のテーマは、忍術の基本にして奥義の一つ、「変化(へんげ)の術」。石や木、時には他の人物に化けて敵の目を欺く…まあ、言うまでもなく超重要なスキルだ。犬飼先生の「今日の授業は特に気合を入れて臨め!」という言葉に、訓練場の空気もピリッと引き締まる。…俺の隣の席の、ぽこさんを除いては。
「変化の術なら、拙者にお任せでござる!」
なぜか、ぽこさんは自信満々だった。おいおい、隠形の術で尻尾はみ出して、変わり身の術でたい焼きになってた奴のセリフか、それは? 嫌な予感しかしないんですけど!
まずは先生がお手本を見せる。印を結ぶと、ポン!という軽い煙と共に、先生の姿が訓練場の隅にあった岩と寸分違わぬ姿に変化した。気配まで完全に消えている。さすがはベテランだ。
「うむ、このように、対象物の特徴を正確に捉え、完全に同化するのが基本だ。いいな、まずはそこにある石に変化してみろ! 猫宮!」
「はい」
指名されたレイが前に出る。印を結ぶと、シュン、と彼女の姿が消え、代わりに綺麗な黒猫が現れた。毛並みから仕草まで完璧な変化だ。さすがエリート様。
「次、風間!」
「は、はい!」
俺も挑戦する。石…石か…。(集中しろ俺!)「変化!」ポン!
…目の前には、自分の通学カバン(少し歪んでいる)が落ちていた。
「なぜカバンなのだ!?」
「す、すみません!」(一番身近なものに…)
そして、ついに真打ち(悪夢再び)の登場だ。
「狸谷! 今度こそまともにやれよ!」
「お任せでござる!」
ぽこさんは元気よく返事をすると、印を結び、高らかに叫んだ!
「忍法、変化の術! とーーーっ!!」
ポンッ!!!
白い煙がもうもうと立ち込め、訓練場に甘くて香ばしい匂いが漂い始める。なんだこの匂い…? 煙が晴れると、そこには……!
ほかほかと湯気を立てる、人の頭ほどもある巨大な焼きたてメロンパンが、どーん!と鎮座していた。表面はカリカリのクッキー生地、中はふわふわ。完璧なフォルム。完璧な焼き色。完璧な香り。…って、なんでだよ!?
「…………」
訓練場が、デジャヴュ感漂う静寂に包まれた。犬飼先生の額の血管が、ミミズみたいに蠢いている。
「…狸谷。それは、なんだ」
地を這うような低い声で、先生が問う。
「見ての通り、メロンパンでござる!」
メロンパン(ぽこさん)が、心なしか誇らしげに答える。
「なぜメロンパンなのだと聞いている!!! 石か木に化けろと言ったはずだ!!!」
先生の怒号が炸裂!
「だって、石や木は、全然美味しそうじゃないでござるから…」
「食べ物に化ける術ではないと言っとるだろうがァァァ!!!」
その後、先生に元に戻るよう厳命されたぽこさんだったが、「えーっと、他のものでござるか? それなら…」と、今度は山盛りのみたらし団子に変化。次は巨大な大福。しまいには、なぜか時価と書かれた木札付きの、極上大トロ寿司一貫(ただし人間サイズ)にまで変化してみせた!
どれもこれも、見た目、匂い、質感に至るまで、異常なまでにリアルで美味そうだ。だがしかし! 石にも、木にも、他の動物にも、ましてや他の人間に変化することは、何度やっても全くできないのだった!
「どうも食べ物以外は、上手くイメージできないでござる…」
ようやく元の姿に戻ったぽこさんが、しょんぼりと(でもないか?)呟く。
「ぽこさん! なんで食べ物限定なんですか!? しかもそのクオリティ、無駄に高すぎますよ!」「忍術として、使い道が限定的すぎますって!」
俺は思わず頭を抱えて叫んだ。こんな変化の術、敵を油断させるどころか、腹を空かせるだけじゃないか!
「でも、美味しそうなものを見てると、皆幸せな気持ちになるでござるよ?」
ぽこさんはきょとんとした顔で答える。ダメだ、こいつとは根本的な価値観が違いすぎる…。
ふと、俺はぽこさんが変化の術を使う際、いつも無意識に首から下げた葉っぱのネックレスに触れていることに気づいた。緑色の、何の変哲もない葉っぱに見えるが…。
「(あの葉っぱ…もしかして、ぽこさんの変化の術と何か関係があるのか? だとしても、なんで食べ物限定なんだ…?)」
疑問は深まるばかりだ。ぽこさんに聞いても、「これは、おばあちゃんから貰った大事な葉っぱでござる!」としか教えてくれないだろう。
「…信じられませんわ」
少し離れた場所で、レイが深いため息をついていた。その顔は呆れ果てているが、視線はなぜか、ぽこさんが最後に変化した(そして元に戻った場所に、なぜか模型だけが残っている)大トロ寿司に一瞬だけ釘付けになっていたような…。いや、気のせいか。
結局、その日の授業後も、俺は連帯責任として、訓練場に残った巨大メロンパン(模型)の後片付けを手伝わされることになった。隣では、ぽこさんが「あー、本物のメロンパンが食べたくなったでござる~」と、自分のお腹をさすっている。
……俺の胃痛は、今日も絶好調だった。
(続く)
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