第4話 忍術訓練はじめました(ただし前途多難)
忍ヶ丘学園での生活にも、不本意ながら少しずつ慣れてきた俺、風間ハヤテ。だが、慣れとは恐ろしいもので、隣の席の狸谷ぽこさんが授業中に舟を漕いでいても、「ああ、いつものことか」とスルーできる鋼の精神(という名の諦観)が身につきつつある。これでいいのか、俺の青春。
今日の午後は、待ちに待った(俺にとっては憂鬱でしかない)初めての本格的な忍術訓練だ。場所は、校舎裏に広がる広大な訓練場。鬱蒼とした森や、模擬的な市街地まで再現されているあたり、無駄に金がかかっていることが窺える。
今日のテーマは、忍術の基本中の基本、「隠形(おんぎょう)の術」と「変わり身の術」。鬼教官・犬飼先生が、腕を組んで鋭い眼光を光らせる中、生徒たちの間にも緊張が走る。実技は苦手だが、基本くらいはなんとかしないと…。俺は隣のぽこさんをちらりと見た。…うん、なんかもうお腹空いてそうな顔してるな。ダメそうだ。
「まずは隠形の術! 周囲の地形や物陰を利用し、わしの目から完全に姿を隠せ! 見つけ次第、減点とする! 始め!」
先生の号令と共に、生徒たちは蜘蛛の子を散らすように訓練場へと散っていく。俺も慌てて近くの茂みへと駆け込み、息を殺して身を潜めた。(よし、ここなら……って、うわ、なんか虫いるし!)
ちらりと周囲を見渡すと、猫宮レイはさすがだった。近くの木の枝に、まるで葉の一枚であるかのように気配を消して同化している。あれは達人の域だろ…。
他の生徒たちも、壁に張り付いたり、地面に掘った浅い穴に隠れたりと、忍者らしい(?)動きを見せている。では、ぽこさんは……?
いた。堂々と、太い木の幹の真後ろに。
……いや、隠れられてないから! 全然隠れられてないから! ふわっふわの縞模様のタヌキ尻尾が、幹の横からぷりっぷり揺れてるのが丸見えなんですけど!? しかも、頭上のタヌキ耳もぴょこぴょこ動いてる! 隠れる気ゼロか!
「狸谷ィィィッ!! 尻尾ォォォ! 耳ィィィ! 丸見えだと言っとるだろうがァァァ!!」
犬飼先生の怒号が訓練場に響き渡る。ですよねー!
「ありゃ? おかしいでござるな~? 完璧に隠れたつもりだったでござるが……」
ぽこさんは木の陰からひょっこり顔を出し、自分の尻尾を見て不思議そうに首を傾げている。…うん、やっぱりこいつはダメだ。
次に、変わり身の術の訓練。教官が投げる訓練用の柔らかいボール(当たっても痛くないやつ)を、当たる瞬間に近くにある丸太や葉っぱの束などと入れ替わる、という高度な忍術だ。
「猫宮! やってみろ!」
「はい」
レイが優雅に前に出る。ボールが投げられる。当たる寸前、シュンッ! という音と共に、彼女の姿は消え、そこには訓練場になぜか置いてあった案山子(かかし)が立っていた。レイ本人は、少し離れた木の枝に涼しい顔で立っている。完璧だ。拍手喝采。
「次、風間!」
「は、はい!」
俺も挑戦する。ボールが飛んでくる! タイミングを合わせて……
「変わり身!」
……シュン! ……入れ替わったのは、自分の脱げた上履きだった。なんでだよ! 再挑戦! 今度は……成功! 丸太と入れ替われた! (ただし、丸太に思いっきりボールが当たって跳ね返り、俺の顔面を直撃した)
そして、真打ち(?)登場。
「狸谷! 次はお前だ! いいか、今度こそちゃんとやるんだぞ!」
「はいでござる! 変わり身の術ー!」
ぽこさんは元気よく叫び、投げられたボールが当たる瞬間に…!
ポンッ!!
白い煙が上がり、煙が晴れると、そこには…ほかほかと湯気を立てる、巨大なたい焼き(あんこたっぷり、皮はパリパリ、完璧な焼き色)が鎮座していた。ボールは、そのたい焼きの腹に見事にめり込んでいる。
「…………」
訓練場が、再び静寂に包まれた。犬飼先生の顔が、般若のように引きつっている。
「……狸谷。貴様……それは、なんだ」
「美味しそうでござろう? 拙者の得意技でござる!」
得意げに胸を張る(たい焼きが)ぽこさん。いや、お前じゃない! なんでたい焼きになってんだよ! しかも無駄に美味そう!
「食べ物になる術ではないと言っとるだろうがァァァ!! さっさと元に戻れェェェ!!」
先生の怒りが頂点に達した。俺はもう、天を仰ぐしかなかった。
結局その日、ぽこさんの奇行の連帯責任として、俺は訓練場に残って一人で掃除をさせられる羽目になった。理不尽すぎる。
授業後、俺はぐったりと疲れ果てながらも、班長としての責任感から、ぽこさんと(なぜか不機嫌そうについてきた)レイに反省点を伝えようとした。
「ぽこさん、いいですか。まず隠形の術ですが、耳と尻尾をですね……」
「はーい、でござる~」
「変わり身の術は、食べ物ではなくてですね……」
「お腹が空いたでござる~! ハヤテ殿、何か食べ物を恵んでほしいでござる~!」
……ダメだ、こりゃ。話を聞いちゃいない。
「時間の無駄ですわ。わたくしは先に失礼します」
レイはそう言い捨てて、さっさと行ってしまった。……まあ、その気持ちは痛いほど分かる。
俺は、隣で「たい焼き……たい焼き……」と呟いているぽこさんを見つめ、本日何度目か分からない、深くて長いため息をついた。
忍者学校での俺の未来は、果たして光り輝くのか、それとも胃痛と共に闇に沈むのか。……後者な気がしてならない。
(続く)
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