第17話 テストと罠

 麻斗は、額にじっとりと冷や汗を浮かべていた。人生最大の試練。それは怪異でも、呪術でもなかった。教師の一言。


「……明日、中間テストだぞ」


 朝一番、教師からのその一言に、麻斗は凍りついた。


「ち、中間テスト……だと……?」


 血の気が引いていく。

 頭の中で「中間」「テスト」の文字がぐるぐるとループしていた。

 放課後、彼は猛スピードで廊下を走り抜けた。

 バンッ!!

 勢いよく優斗のクラスの扉を開け放つ。


「明日中間テストなの!?全然聞いてないんだけど、俺!!」


 叫びながら教室に飛び込んできた麻斗に、クラス全体がざわついた。

 その真ん中、優斗は教科書を閉じながら、ひとこと。


「うん。そうだよ?」

「なんで誰も教えてくれなかったんだよおおお!!!」

「…学校ってそういうもんだと思うけど」


 机に突っ伏す麻斗の背を、優斗が容赦なく突いた。


「がんばれ、“日吉麻斗”。次の試練だね」

「次の試練!?いやもうそれ呪いだよ兄貴ぃいいい!!」

(そ、そうだ!)


 麻斗の中で電球がピカーンと光って、優斗にテレパシーが飛ばされる。


(優斗がテレパシーで答え教えてくれたらいいじゃん!!)


 名案すぎる!とばかりに目を輝かせ、

 誰が聞いてるかわからない教室内で、こっそり慎重に――


(テレパシーは俺らしか使えないし、バレることもないし!)


 意気揚々と頭の中で送信した瞬間、優斗は教科書を閉じ、目を細めて立ち上がった。


 (……勉強しなよ)


 その冷静な返しに、麻斗は瞬間的にショックを受け、それでもあきらめきれず――


「そこをなんとかァ!!」


 反射的に声が出て、さらにその場で土下座までかましてしまった。


 「ちょっ、やめなって!目立つんだけど!

  ……わかったから、ちょっとだけだからね!ほんとに!」


 優斗が慌てて小声で引き起こすと、

 周囲のクラスメイトは「また日吉弟が変なことしてるよ……」と視線を逸らすのだった。


 ◆ ◆ ◆


 日吉家、夜。

 優斗の部屋に敷かれたローテーブルの上には、参考書と問題集が山のように積まれていた。その前に座る麻斗は、まるでこれから戦にでも出るかのような顔で鉛筆を握っている。


「……じゃあ、次。英語」

「ヒィッ……!」


 優斗がページを開くと同時に、麻斗は怯えたような声をあげた。


「答えは教えないけど……解き方とか、ヒントは教えてあげるから」


 優斗は淡々と、けれどちゃんと目線を合わせて言った。


「うう……優しいような冷たいような……」

「本気でやればちゃんと身につくから」


 そう言って渡された問題を、麻斗はうんうん唸りながら解き始める。


(兄貴が優しくてかっこいい時って、たいてい地獄の始まりなんだよな……)


 テレパシーでボヤいてみるが、返ってくるのは静かな一言だけ。


(集中して)

「はぁ〜い……」


 その後、漢字テストで「真実」を“まことみ”と読み、数学では“X=愛”と書いた麻斗に対し、優斗の眉間のしわが深くなっていくのだった。


 ◆ ◆ ◆


そして、翌朝――目覚まし時計はすでに三回鳴り終え、静寂に包まれた部屋の中で、麻斗は布団の中でごろりと寝返りを打っていた。

 その瞬間。

 バンッ!

 勢いよくカーテンが開け放たれ、朝日が容赦なく差し込む。


「おい麻斗、起きろ。今日中間テストだぞ」


 優斗の冷静な声が、部屋に響く。


「……うぅ〜ん……焼き肉……タレ多めで……」

「夢の中でテスト受けるつもりか?」


 バサッと布団が剥がされ、朝の冷気が麻斗を直撃する。ようやく目をぱちくりと開け、現実を思い出す。


「……あ、あれ? 今日だっけ?」


 優斗は眼鏡の奥からジト目を光らせ、呆れたようにため息を吐く。


「昨日あれだけ騒いでおいて、忘れるな」

「やっべえええええええ!!!」


 麻斗は跳ね起き、慌てて制服に腕を通しながら、部屋の中を右往左往。筆箱はどこだ、ノートはどこだ、髪が寝ぐせで爆発してる――バタバタと駆け回る足音の奥で、優斗は一言。


 「……試練、継続中だね」


 ◆ ◆ ◆


 テスト開始のチャイムが鳴る直前。

 ギリギリ滑り込みで教室に飛び込んだ麻斗は、なぜか余裕の顔で着席した。


 「ふふ……」


 机に腕を組み、得意げに微笑む――そう、俺には天才の兄貴がいるのだ。持つべきものは天才兄貴と、双子だけに許されたテレパシー……!


「よーい、はじめ!」


 教師の合図と同時に、生徒たちが一斉にテスト用紙を表に返す。

 麻斗も表に返して、速攻で心の中で叫んだ。


(優斗!問1は!?)


 すかさず別の教室から優斗の冷めた声が響く。


(……はぁ……答えはA)

(サンキュー!!兄貴神!!)


 全力でマルをつける麻斗。

 そこからも軽やかにテレパシーを飛ばす。


(問2は!?)

(C)

(問3!)

(B)

(問4!?)

(……ちゃんと読め)


 その瞬間、麻斗の筆が止まる。


(え?うそ、あれ?これ……なんか途中式あるやつ!?)

(当然ある。さっきのは“確率”って単元)

(まってまってまって、確率ってどっから手つけんの!?)

(……昨日やったよね?)

(見てただけで全然やってねぇ!!!)


 教室内では静けさの中で筆記の音が響いているが――麻斗の心の中だけ、嵐のようにうるさかった。

 そしてテスト終了後。

 麻斗は答案用紙を手に、どこか自信満々だった。


(ふふん、余裕だな。テレパシーって最強じゃん?俺、天才では?)


 スチャッと答案を提出しながら、教室を出るその背中は妙に堂々としていた。

 ――しかし。

 麻斗は、とても、致命的なことを忘れていた。クラスによって、テストの時間割が違う。

 つまり、

 麻斗が理科のテストを受けていた時間、

 優斗は数学のテストを受けていたのだ。

 そして、

 麻斗が国語のテストを受けていた時、

 優斗は英語のテストを受けていた。

 それを知らずに、

 全教科、別の科目の答えをテレパシーで受信し、堂々と記入した麻斗の答案。

 ――そして、返却日。

「“こうおつ”つけ難い、という漢字の書き取り問題なのに「A」とはなんですか。職員室に来なさい」

「主人公の心情を答えなさい、で「塩化ナトリウム」とは何ですか日吉君。ちょっと職員室に来なさい」

「I am Tanaka の日本語訳が「私は彼に恋したから」とはどういう意味だ。放課後職員室だ」

「化学反応式を書く欄に一次関数が書かれているんですが…職員室で話を聞かせてください」

 結果、全教科0点。

 全教科の教師からの個別呼び出し。

 そして、しっっかり補習コースへご招待。

 優斗は廊下で呆れた顔で麻斗を見つめる。


 「……だから言ったのに」


 麻斗は崩れ落ちながら、天を仰いだ。


「……兄貴……なんで……数学の答え送ってきたの……?」

「……僕は、理科のテストを受けてないからね」

「ぎゃああああああああああ!!!!!」

――麻斗の伝説は、こうして更新された。


 ◆ ◆ ◆


 昼下がりの廊下。

 教室移動の合間、一人で歩いていた優斗の背後から、低い声がかけられた。


「日吉優斗さん、少しよろしいですか?」


 振り返ると、そこに立っていたのは理科教師――佐久間。白衣を羽織り、眼鏡の奥の目は笑っていない。


 「貴方の……双子の弟、麻斗くんのことで話がありますので。3階の空き教室に来て頂けますか?」


 いつもとは違う、妙に丁寧な言葉遣い。

 けれど、どこか不自然な圧があった。

 優斗の目が、細くなる。


「……わかりました」


 表情を変えずに頷くと、静かに佐久間の後をついていく。

 廊下には他の生徒もいるのに、

 まるでその空間だけ音が吸い込まれているかのような、静寂――3階、空き教室。

 ギィ、と古びた扉が開き、ふたりは中に入る。窓は閉ざされ、ブラインドが下ろされている。昼間だというのに、そこはどこか薄暗かった。


 「……それで、話とは?」


 優斗が問いかけると、

 佐久間は背を向けたまま、カツン、と床に靴音を鳴らした。

 そして、振り返る。


 「――優秀ですね、あなた。まさか首輪を外してしまうなんて」


 その目は、明らかに“人間のそれ”ではなかった。


「これは、君の弟さんの日吉麻斗くんの……答案用紙ですね」


 佐久間が胸ポケットから、折りたたまれた紙をゆっくりと取り出す。

 その手つきは異様に丁寧で、まるで宝物でも扱うようだった。


 「これは、退魔の波長を持つ彼を一時的に封じるもの」


 その瞬間―空き教室の空気がピキリと震えた。

 バン、と音もなく張り巡らされる霊的結界。

 外の音も気配も、すべてが遮断された閉鎖空間が完成する。


「1つ目は、日吉麻斗の記憶を書き換えること。授業中に、ごく自然に……重要なテストの日を忘れるまで」


 くつくつと笑う佐久間の声が、暗い空間に滲む。


「前日に思い出したのは、さすがの退魔の波長、というべきか……だが“忘れる”よう仕組まれた時点で、彼の力はすでに乱されていた」


 優斗は無言のまま、佐久間を睨んでいた。

 その手にはまだ触れぬまま、静かに霊気を纏い始めている。


 「2つ目は、“睡眠”だ。授業中、テスト前、そして当日の朝――彼がやたら眠たそうにしていたろう? あれもこちらの仕掛けだよ」


 佐久間はゆっくりと優斗のほうへ歩を進めながら、口角を上げた。


 「そして、3つ目――これだ」


 ひらりと見せられた、麻斗の答案用紙。

 それは理科のテスト用紙であるにもかかわらず、一次関数や数列の混ざった謎の数式が書かれていた。

 だが、最下段――そこに描かれていたものだけは、優斗の脳裏に強く引っかかった。


 (……これは、封印術式……?)


 しかも、それは明らかに優斗の術式の記憶を元に作られた何か。見覚えがあるようでいて、どこか歪められている。


「テスト中、日吉麻斗の脳内に軽い洗脳をかけておいた…私の封印術を疑いなく書くようにね!弟くんが“おバカ”で助かったよ。疑うことなく、そっくりそのまま書いたからね!」


 佐久間が、答案用紙を手放す。

 すると――紙はサラサラと砂のように崩れ、床に消えた。


「日吉麻斗の退魔の波長は封じた。自分の筆で、自分の力を封じる――この術の核心さ」


 その笑みは、完全に“人外”のそれだった。


「……さて、日吉優斗くん――おとなしく来てもらおうか?」


 霊気が高まる。

 教室の床に、佐久間の足元から黒い魔法陣が浮かび上がる。

 優斗はその中心に、静かに目を向けながら言った。


「……テストよりタチ悪いな。教師としても、術者としても最悪だよ、あなた」


 佐久間が鼻で笑う。


「なんとでもいえばいいさ…退魔の波長を持つ君の弟、日吉麻斗――」


 佐久間の声は低く、どこか嬉々としていた。


「バカだが……彼の能力は、術式や結界、異界……霊気で構築された“すべて”を消し去る力。そこが、我々にとって最大の問題だった」


 その“消す”という性質が、黒月にとってあまりに危険だったのだ。


「だが封じた。あとは君だ、優斗くん。君が本来持つ“霊的回路”の構造と惹魔体質……これは利用できる」


 佐久間はふっと上を向く。


「……術式勝負なら、君のような“ひよっこ”に負けるわけがない。君が生まれたころには、もう私は結界術を習得していたんだ」


 その言葉とともに、空気が“裂けた”。

 バリッ、と音を立てながら、教室の空間が異様に歪む。

 佐久間の足元から広がった術式が、一瞬で床と天井に展開されると――

 教室全体に、第一層の結界が張られた。

 同時に、佐久間の周囲にも、別の霊式が起動する。

 二重結界。

 外部遮断、霊力増幅、感覚操作。

 それらが緻密に絡み合い、空間は完全な“術式フィールド”と化した。


「さあ……君の力、見せてごらん」


 佐久間が両手をゆっくりと広げる。

 優斗は、静かに眼鏡の位置を整えた。


「……いいよ。期待には応える方だし」


 けれど、動かない。

 霊気の高まりも、ほとんどない。

 ただ、目を細める。


 (麻斗……聞こえる?)


 ――そう、優斗はまだ、佐久間が見落としている“もう一つの回路”を残していた。 


(優斗? どうかした?なんか呼び出しされすぎて、すげえ疲れた……)


 麻斗からのテレパシーが、脳内にふわっと届いた瞬間――優斗の目が、スッと細まる。


 (……繋がってる)


 結界があっても、テレパシーは遮断されていない。つまり――佐久間はそこまでは封じきれていない。 優斗は、静かに確認するように言葉を返す。


(お前、封印されてる。退魔の波長がほとんど働いてない)

(はあ!? 封印!? マジで!?)

(あの答案用紙……お前の字で書かされた“封印術式”が原因。 今、相手の懐にある)

(え、うそ…俺、やらかしてた!?)

(うん。僕のテレパシーに混ぜられた術式、無意識に書いた)

(マジ最悪じゃん!?)


 優斗は内心でため息を吐きつつ、目の前の佐久間を睨みつつ、麻斗にテレパシーを飛ばす。  


(封印を解けたら言うから近くで待機してて)


 同時に、両手に微細な霊気をまとわせ、結界の“歪み”を探し始める。


「型が古い、でも堅牢……面倒だね」


 優斗は低く呟くと、掌から術式の“針”を飛ばした。  透明に近い、細い霊気の槍が佐久間の展開する結界をつつく。

 バキンッ――!

 刺さった瞬間、反射の結界が起動し、衝撃が優斗に跳ね返る。

 佐久間の笑みが深くなる。


「……一発、来ると思っていた」

「じゃあ、期待通りに行くよ」


 優斗が足を踏み込む。


 足元から起こした衝撃波で、相殺の魔方陣を一時的にズラし、 その一瞬の“隙”に、小型の式札を佐久間の正面へ投げる――が、


「浅い」


 佐久間の指先が、優斗の術を弾いた。

 術式は空中で一瞬にして分解され、霧のように溶けて消えていく。

 だが、優斗はその一瞬すらも“布石”として使っていた。


(今――)


 佐久間の懐、上着の内ポケット。

 そこに微かに波打つ霊気の残渣――

 あれが、麻斗の答案用紙だ。


(あれを、破る)


 結界は堅牢。正面からは崩せない。

 けれど、情報量と術式の流れが集中している“内側”、つまり佐久間自身が弱点になる。


(麻斗、あと少し)


 優斗は霊気を指先に集中させる。

 目には見えない“術式の筋”をなぞりながら、

 ゆっくりと足を動かす。


「……おや? 随分と静かになったね」

「戦い方が違うだけだよ。僕は、短期決戦型じゃない」


 その言葉とともに、優斗が足元に散らしていた術符がふわりと浮かぶ。

 式札は風に乗るように舞い、次の瞬間――

 “懐”を狙って一枚が鋭く飛ぶ。


 「……ッ!」


 佐久間の指先が反応し、迎撃しようとしたその瞬間――優斗がもう一歩、踏み込んだ。


 「――そこだ!」


 足元から伸びる“隠し術式”が佐久間の足元を絡め取り、一瞬だけ動きが鈍る。

 その一瞬。

 優斗が術符を、霊気の刃として狙いすました。ズ――ッ!

 内ポケットが裂ける。

 中から、風にあおられて舞い上がる、麻斗の答案用紙。

 霊気がぶつかり、用紙は炎に包まれ、術式が崩壊する音とともに燃え尽きた。


 「……っ、ちっ……!」


 佐久間が舌打ちをした次の瞬間――


(兄貴……今、なんかすげえすっきりした!)


 麻斗のテレパシーが、かつてないほどクリアに響いた。


(行け。今なら、全部戻ってる)

(おうよ!!)


 遠く、教室の外――どこかから、空気を裂くような音とともに、退魔の波長が解き放たれた。教室全体を取り囲む結界が、ビキビキと音を立ててひび割れ始める。

 ビキィィ――ンッ!

 空気を切り裂くような音とともに、

 佐久間が張り巡らせていた結界が、ついに砕け散った。

 その直後、教室の扉が――爆ぜた。


 「っしゃああああああ!!!」


 怒声とともに飛び込んできたのは、封印が解かれたばかりの日吉麻斗。


 拳に宿るは、鋭く荒々しい“退魔の波長”。


 「俺の答案で俺の力封じるとか……マジで許さねえからな!!」


 そのまま拳を振りかぶると、退魔の波長が放たれ、教室の空間そのものが震えた。


 「ぐっ……!?」


 佐久間が術でガードを張るも、麻斗の拳が重ねて叩き込まれる。

 バキッ!

 霊気で編まれた防御術式が、“砕けた”。


「お前教師の風上にも置けねえな!!!」

「……ふふ、君たち……」


 佐久間が後ろへ飛び退き、印を結ぶ。


「想像以上に厄介だ……だが、まだ終わらんよ!」


 叫びと同時に、佐久間の周囲に黒い術式陣が起動する。

 空間が歪み、闇の瘴気が溢れ出す。


「異界より、我に応えよ――」


 優斗がすかさず前へ出る。


「麻斗、止めて。こっちは術式の干渉するから、任せて」

「了解!」


 優斗が詠唱し、展開される召喚術式に術式の“鍵”を仕掛け、異界とのリンクを乱す。

 麻斗は波長を増幅させ、邪気が形になる前に叩き落とす。


「遅えんだよ、てめえら!」


 拳と術が交差する。

 兄の冷静な制御と、弟の爆発的な破壊。

 まるで呼吸のように連携する双子の動きに、佐久間の表情がついに揺らぐ。


「こんなガキどもに……っ!」


 優斗の手が印を結ぶ。


「結界構築。五層目、展開――“縛”」


 足元から佐久間の身体に向けて、術式の鎖が伸びる。麻斗がそこに飛び込み、トドメの一撃を放つ。


「てめえみたいなやつのせいで……!兄貴が巻き込まれて、俺まで封印されて、挙げ句テストも0点なんだよ!!」


 全霊を乗せた拳が、

 結界の中で絶対位置に封じられた佐久間の胸に炸裂する。

 黒い術式が崩れ、空間に響く音とともに、

 佐久間の身体が後方へ吹き飛ばされる。

 その背中が教室の壁に叩きつけられ――術式も結界も、跡形もなく崩壊した。


 「……っ……う、ぐ……」


 佐久間が、息を荒げながら崩れ落ちる。

 もはや術式も保てず、霊気も微かに漏れるだけ。優斗はゆっくりと歩み寄り、その顔をじっと見下ろした。


「結局、あなたは僕らを“ひよっこ”って言ったけど……」

「ふ、ふふ……何を、今さら……」

「……ひよっこでも、2人いれば話は別なんだよ」


 その言葉と同時に、麻斗が拳をポンと肩に乗せて笑った。


「ま、俺がぶっ飛ばしたんだけどな!」

「それは否定しないけど、暴れすぎ。次、補習あるよ」

「え!? なんでこの流れで俺の話なんだよ!!」


 ――戦いは、終わった。

だが、双子の前に立ち塞がる“黒月”の影は、まだ完全に晴れたわけではなかった。

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