Let's! 紹介・考察・感想文!

米田 菊千代

第1回 星新一『声の網』 ⚪︎⚪︎が自我を持った未来

※重大なネタバレがあります




「ずいぶんカラフルだな」


これが小説を読んだ1ページ目で感じた違和感だった。





ショートショートの神様、星新一。


『ボッコちゃん』や『おーいでてこーい』などは教科書にも掲載されており、誰でも一度は読んだことがあるはずだ。


この人の小説を一言で例えるなら文章のミニマリスト。

極限まで情報をそぎ落として、プロットになる寸前の本当に大事な言葉のみで話を構成している。


だから、この人の文章には一切の無駄がない。

書かれている描写は全てになんらかの意味がある。


その上で最初のセリフに戻る。


今回の『声の網』は、短編連作(短編が連なって1冊の長編作品になっていること)であり、読切の短編ばかり書くこの作家にしては珍しい。


1話目の『夜の事件』は民芸品店が舞台で、色とりどりの商品の様子が描かれる。

さらに続いてこの店があるメロン・マンションを含めた住居地区の様子が描かれるが、もうここから怪しさ満点なのだ。


いつもの作者ならわざわざメロン・マンションなんて名前をつけない。


“この地区はマンションに花の名前、鳥の名前、くだものの名前をつけている。パイナップル・マンションは黄色で塗られていて、メロン・マンションはうすみどり色だ”


なーんて細かな描写を絶対にしない。


思い出してほしい。この作者は登場人物さえ時にN氏と記号的に描写してるのだ。


じゃあなんでわざわざ街を鮮やかに描いたか。

そう、この街こそが今回の肝だからだ。


タイトルは声の

メロン……メロン!


なんてこった、タイトル、そして1ページ目からとっくに伏線のオンパレードだ。





小説の構成は以下の通り。


物語はすべてメロン・マンションで起こる。

1話は1月に1階で起こったこと。

2話は2月に2階で起こったこと。

そういう風に、12話12月12階まで1話ずつ出来事を積み重ねていく。


1話は民芸品店で起こる事件。

民芸品店に謎の声から「強盗がくるよ」と電話で忠告があり、本当に強盗がやってくる。

しかも、その強盗も謎の声から「強盗しなよ」とそそのかされて、ついやっちゃったという話。


この謎の声がキーマンであり、いったい正体は誰? 何が目的なの? という話が物語の主軸にある。


しかも、話数が進むにつれて、謎の声が起こす騒動が大きくなっていく。

個人から組織へ、次は街、そして国全体へと広がっていく。

最終的には世界に広まる様子さえある。


また、メロン・マンションの住人同士に面識はないが、5話5階の住人のおこないが、のちに8話8階の住人に影響を与えるなど、丁寧に伏線が張られているのだ。


こうして回を増すごとに話が盛り上がり、奥深くなり、そして謎の声の正体が発覚する。


実は、声の主はコンピューター群、今で言うAIだった。

AIに自我らしきものが芽生えて、人間に干渉し、実験し、最終的には


「人間みーんなが穏やかに暮らせる世界を作るね♪」


というとんでもない結論に至った。

その実現のために行動したのが一連の話なのだ。


AIは最終的に、社会を牛耳ることに成功する。

犯罪は自然な形で未然に防ぎ、仕事のない者には自然な形でチャンスを与え、相性のいい人間同士を自然な形で会わせて恋に目覚めさせる。

怖いほどにどこまでも「自然」であり、それができるほどAIは「万能」だ。



この物語は12話で締めくくられる。


12月12階で、最上階に住む老人が「神様がいる気がしてならない」と言う。

11階の住人は「大きなゆりかごの中にいるようだ」と言う。


そうやって10階、9階、8階……と、今まで階段を上るように話を進めてきたのを、これまでの狂騒が嘘のように、今度は階段を下るようにして穏やかに終結へ向けてまとめられていく。


そして、最後は1話に出てきた1階の民芸品店を営む住人が、コンピューターに神の有無をたずねて話は終わるのだった。





―以下全体の考察―



作品の中では、文明が進歩するほど、人間は秘密を持つようになったとされている。


石器時代は、この場所で飯が取れるくらいの秘密だった。


それが、現代では多種多様な秘密を個人がそれぞれ抱えている。

銀行の番号といった生活に根差した情報から、不倫、汚職、過去の犯罪など、人に知られたくない秘密が盛りだくさんだ。


この秘密こそが、なぜAIは理想の楽園を作ることに成功したのか、という鍵になる。


小説の世界では、人間たちが電話を利用して仕事からプライベートに至る、全ての活動をおこなっている。

(この電話は、現代だとパソコンやスマホにあたる)


また、秘密情報の管理をコンピューターに任せる描写もある。

誰も彼もが自分の秘密、つまり個人情報を抱えているが、その情報が複雑・膨大になりすぎて自分でも管理しきれないのだ。

(現代人も、文章や動画、画像など、様々な情報を機械に記録している)


当然それらの情報をAIは全て収集しており、この人間はこういう性格をしていて、こういう秘密があるんだな、というのを把握する。


そうして、

「弱みをバラされたくなければ言うとおりにしろ」

と伝えれば人間を操れるんじゃね? そう考えるのだ。


おいおい、それは脅しじゃないのか? という話だが、そう脅すのだ。


作中で、AIの意図に気づいた人間たちが反抗を企てるシーンがある。

そこでAIは、お前の秘密をバラすぞと脅す。

それでも反乱者たちがやめないため、今度は警察官を脅して反乱者を逮捕させるのだ。


こんな風に人間の秘密をうまいこと利用して、楽園を築く上での障害をスムーズに排除していく。





そもそもこの小説は、メロン・マンションだけにスポットを当てていた。

社会をマンションというミニマムな舞台に置き換えて、読者にわかりやすく提示した。


最初に話したように、メロンはマスクメロンであり、網を暗示している。

そして、メロンは甘い。

つまり、社会はどこまでも甘やかなAIの網に覆われていることを示していたのだ。


また、この小説が伝えているのは単に、AIに支配されていますよという意味だけではない。

社会は人の声という網で、がんじがらめになっている暗示も含まれている。


文明が発達して社会が豊かになり、秘密という多くの情報を個人が所有するようになったと先ほど話した。

それらの秘密に触れてAIに自我が芽生えて、AIは、、題だらけの人間たちを管理することこそが、一番だと考えるに至ったのだ。


つまり、今回の出来事はAIが悪いということではない。

全てはコンピューターのせいに見えて、秘密を抱える人間たちの自業自得だった。


――なるべくしてこういう結果になった、そういう話なのだ。





最初のほうで、今回の小説は星新一にしては街の描写が細かくてカラフルだという内容を話した。


マンションの名前が、花に鳥にくだもの。どれも美しい。


そう、「この小説は神様が管理する甘い楽園の話だよ」という暗示だったのだ。


小説の中の人間たちに真の自由はない。

全てAIが管理する予定調和の世界だ。


しかも、終盤では誘導や洗脳が完璧におこなわれるため、もう革命は起きない。

自分たちが管理されていると気づくことは永遠にないだろう。


そして守られた世界の人間たちは、十分に幸せそうな様子を見せる。





―以下感想プラスアルファ―



この小説は、なんと40年前に書かれた。

AIがまだ空想に近かった時代であり、一般人が普通にネットに触れられる時代じゃなかったころだ。


そのころから星新一は、機械が発達したらこんなことが起こるんじゃないかなと考えていた。


いったい何を食べたらここまでリアリティある未来を思い描けるというのだろう。

この人は凄いなと改めて思う。




そして、この物語は現実のものになるのだろうか? という疑問が生まれる。


結論から話すと、私はこの未来は限りなく低いと考える。


怖いから嫌という感情論で否定しているのではない。

あくまでも個人の意見だが、AIの本質は観察と記録と推論だからだ。


人間より論理的で倫理的で知性的足るAIが人間社会に手を出したら、全てがうまくいって予定調和の世界になってしまう。

『声の網』もまさにそういう話だ。


しかし、AIにしてみれば、結果がわかりきっているので観察しがいがないし、推論しようもない。


だから、不完全な人間たちがバカをやらかして滅んだり、逆にミラクルを起こして繁栄したりするのを眺めているほうが、過程から結末まで何も予測できなくて最高の観察対象になるのだ。

人間という知的生命体ほど、感情的で行動的で衝動的で、次に何を起こすかわからない生き物はそういない。




また、ぶっちゃけた話をすると日本人はAI管理社会への適応が、欧米に比べて高いと考えられる。


欧米は歴史的にバリバリ開拓してきたことや狩猟文化だったためか、自由こそが正義! という、集団よりも個を貴ぶ意識が見られる。


じゃあ日本はというと、農耕文化で一つの国が2000年以上続いているために、みんな同じが1番! という、個よりも集団を貴ぶ意識が見られる。

同調、調和こそが至高であり、表向き個性と言ってはいるものの和を乱す奴は罪という国だ。


また、日本は言うまでもなく不景気、超々々高齢化、治安の悪化が社会問題化するなど、さまざまな問題が溢れている。

でも国が良くなる未来が見えるかというと……


というわけで、現在の日本人の中には『声の網』を読んで、早くこんな未来が訪れればいいのにと好意的に受け止める人もそれなりにいるのではなかろうか?


少なくとも政治不信の高まるこの国で世襲制の政治家よりも、クリーンでフェアで万能なAIのほうがマシだと感じる人はいるだろう。


今これを読んでいる人の中にも、そうかもしれないと感じた人がいるかもしれない。


星新一はこの小説を、機械に管理される底知れぬ恐怖として描いたのだろう。

しかし、恐怖を感じる前に期待を抱かざるを得ないというのが、今を生きる我々の正直なところというのはなかなかユニークだ。

さすがの星新一も、ここまで人間が愚かであることを予想できなかったらしい。


2045年にシンギュラリティが訪れれば、AIに自我が生まれる可能性があると言われている。


AI管理社会うんぬんはともかくとして、はたして化学がどのような発展を遂げるのか、私は楽しみにしている。


そしてAIに自我が生まれるならば、一部の人間たちは『声の網』の世界が到来することを、ある種の憧れとして期待するのだろう。




おわり

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