【第三十三話.メル先生、元気になる】
私は走ります。
雨上がりの
大通りからスラム街に入って。
どんっ。
「おい、気をつけろ」
おじさんにぶつかります。
でも、そんなのに気を
『みなさん。今日は新しいお客様ですよ。
あの優しい声、優しいひげのおじさん。
何もありませんように。
怖いことになっていませんように。
お願いします、神様。
お願いします。
◇
「本日休館」
そう書かれた看板をかかげて、歴史資料館の扉は閉まっています。中からは歌声はもちろん、人の気配は全くありません。お客さんの多い日曜日に閉じているなんて、考えられません。
何か、良くないことがあったのでしょうか。
あの優しい歌声の、優しい人たち。
あの人たちに何かあったと考えると、気が気でありません。
──どうか、なにもありませんように。
──どうか、明日はやっていますように。
私は、肩を落として帰りました。
◇
半日前。
朝ごはん後のダイニングで。
メル先生のエネルギー核は、残り二分三十秒のところで男子たちによって再セットされました。そして、翔馬が仕掛けたタイマー通り、二分三十秒後に、メル先生は無事、
「んー!」
メル先生はまるで寝起きのお姉さんのように、高く伸びをしました。
「メル先生、気分は、どう……?」
「どうかなあ?」
「どうー?」
来人が、翔馬が、かおるんが、不安そうに聞きます。
メル先生は、バレリーナみたいにくるくると回って、ひらひらのスカートを回してみました。
「んー……! なんか、こう……。久しぶりにパワー
「本当っ? どうかな、先生! 元気になれた?」
男子たちみんな、目をキラキラさせて聞いています。
メル先生は、二十
「元気……うん、そう言っても差し支えはありませんねえ!」
嬉しそうにウインクをしました。そして、男子たちが何に
「じゃあ、じゃあ、
「なしに……しますかねえ」
「……ぃ」
男子たちはお互いを見合った後。
「やったー──!」
抱き合いながら喜びます。
それはそうだ、と思います。
半月前は、みんな絶望のふちに立っていて。
そしてそれがくつがえされたのですから。
でも私は、そんな彼らの姿を見ても、心が晴れません。
「どうかしましたか?」
メル先生が私のそばに来て、しゃがんで
「ううん」
私は、大好きなメル先生から目を背けて、ダイニングから逃げるように立ち去りました。
「よかったね、メル先生」
その言葉をひとつ、残して。
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