親がいなくとも子は育つ。
「子供っていうのはどういう風に遊ぶものなのかな?」
「さぁ……」
ゲオルグに尋ねられるもアルフレッドの中には答えが存在していなかった。
時刻は、もう夜の帷が下りる頃。
屋敷でフロイラインが寝静まった後、ゲオルグとアルフレッドはリビングのソファに座って向かい合って話し込んでいた。
議題は、フロイラインの暮らしをどうやって楽しくいいものにするか、について。
快楽殺人鬼と異端審問官、そして、危うく売り飛ばされるところだった少女の奇妙な共同生活は始まりから数日が経っていた。
アルフレッドは、ゲオルグのフロイラインを、『悔いがないってぐらい生きることを楽しめたなら、殺してあげる』という約束については、後半部分は反対ではあるが、前半部分だけならば協力したいとは思っているのだ。
けれど、二人とも大人になってからというもの、まともに子供と接したことがない。
「君は、俺と違ってまともな生活をしてたんだろ?」
「私は、聖火が使えたので、子供の頃はずっと教会で聖書を読んでましたよ」
「あー……」
アルフレッドもアルフレッドで、ゲオルグとはまた違って普通ではないのだ。
「ゲオルグはどうでした?」
「俺かい? 俺は、遊ぶどころじゃなかったな」
「そうなんですか」
「ハイエナ差別って分かるかい?」
「ああ……」
この世界には、獣人やいろんな亜人が存在しているのだが、容姿特徴が明確に違う者がいるのならいろんなことに明確に差が生まれる。勿論、その扱われ方にも。
「獣人っていうのは、一番数の多い人間に元々差別されるものだけれど、ハイエナやコウモリは獣人からも差別されるものでさ。被差別者だからって人の痛みがわかるだとか差別しないとか全くなくて、逆により強く他者を差別したりするんだよね」
「俺はアイツとは違うって?」
「そうそう、弱い者達が夕暮れさらに弱い者をたたくって奴」
「そもそも何でハイエナやコウモリは差別されるんです?」
「ハイエナは腐ったものでも平気で食べれるからかな。ホームレスでも生きていけるんだよ。だから、浮浪者でも生き延びるのが種族柄多くてね。どうしてもそういうイメージがついちゃうみたいだよ」
「コウモリはアレだよ、よくある逸話があるだろう? どっちつかずのやつは両方から嫌われるってやつ」とゲオルグは付け加えた。
「だからね、俺は、教会の犬になるまでは差別しないようにしてたんだ」
「殺す相手を?」
「うん♪」
ゲオルグは語尾に音符がついたような上機嫌で頷いた。
アルフレッドは呆れ顔をしながらツッコンだ。
「無差別と差別をしないは、似て非なるものだと思いますよ」
「でも、差別はよくないことだろう?」
「殺すことの方がよくないですよ」
「ははっ、かもね」
ゲオルグはクスリと笑った。
「で、だから、子供時代はよくいじめられたものだったよ、俺はハーフだったしね。父親は多分フロイラインと同郷だよ。俺の名前もそっち系だしね」
フロイラインは茶色がかった金髪金眼だ。それは大陸のある国に住む者の特徴だ。そして、ゲオルグという名前は本来、この国ではジョージと呼ぶ。元々、聖ゲオルギウスから取られた名だ。
だから、ゲオルグはフロイラインのことを気取ってわざわざフロイラインと呼んだのかもしれなかった。
「へえ、意外ですね。いまはとんでもなく強いのに」
アルフレッドは相槌を打ちながらも、この快楽殺人鬼をいじめる? ナイフで金属も平気で切り裂いてしまうのに? 子供時代は弱かったのだろうか。アルフレッドにはどうにも想像がつきそうもなかった。
「え、うん。すぐにボコボコにしたよ? でも、アレなんだよね。初対面でハイエナってだけで舐めてかかってくるやつはいるからさ。そういう奴はわんさかいたんだ」
「苦労したんですね」
「あ、うーん? 人を殴るのって本質的に楽しいよ? 向こうからサンドバッグがやってきてくれるの、この世界は天国だと思ったね。神様ありがとうって思ってた」
「同情した心を返してください」
どうやらいじめられている中でもこの快楽殺人鬼は楽しく過ごしていたのらしく、アルフレッドは少しでも同情を抱いたのを後悔した。
「もうもらっちゃったなあ。じゃあ、お返しにいいこと教えてあげる。殴るなら顔より腹だよ。思い切り殴っても手が痛くならない。いくらでも続けて殴れる」
「いらない情報どうもありがとうございます!」
「お礼言われちゃった」
お礼ではなく、お礼の形をした嫌味である。
アルフレッドからすれば、まったく知りたくもないことだった。
ゲオルグも分かってはいるが、気にしない。
「じゃあ、殺人鬼になったのは別に不幸な出来事があったからとかではないんですね」
「え、あ、まあ、俺ぐらいならハイエナって種族みんな経験することだろうし、俺なんかが辛い壮絶な過去があったせいで〜なんて言えないかなあ」
ゲオルグは呑気に言ってのける、が……。
それでも平気だったのは、このハイエナが強く、狂っていたからで、もしもゲオルグに強さや狂気が伴っていなければ、やはり辛い境遇ではないのか。不幸の許容量には個人差がある。
アルフレッドは、ゲオルグに軽率に同情をしたことに後悔していたが、やはりハイエナという種族の不幸には憐憫を持たずにはいられなかった。目を伏せてしまう。
そんなアルフレッドを見て、ゲオルグはニコリと笑った。
「俺は、きっとどんなことがあっても、俺だったよ」
アルフレッドは顔を上げた。ニコニコしているゲオルグと目が合う。
「殺人鬼だった?」
「うん」
ゲオルグは、ニマリと頷いた。
「だからね、アルフレッドは色々フロイラインのことを心配するけれど、『親がなくても子は育つ』ものさ。子供はそもそもコントローラブルなものじゃない。俺が快楽殺人鬼なのは、環境のせいでも、ハイエナに生まれついたせいでも、他の何かのせいでもなんでもないんだよ。俺がそうあったからさ」
それはもしかするとゲオルグなりに、気にしてしまったアルフレッドに気を遣ったのかもしれない。
環境も、生まれも、差別も、関係ないのだと。
人は、そうなるべくして、そうなるのだと。
それはある種巡れまれない子供時代を送った人たちにとっては、救いになる言葉かもしれなかった。
「貴方が言うと説得力がありますね」
「だろう?」
よくない説得力だが。
これでゲオルグが快楽殺人鬼でもなければ、いいことを言っていると素直に頷けたのに。
アルフレッドは少し惜しい気持ちがした。もっとも、快楽殺人鬼だからこそ言える言葉かもしれないが。
「とは言え、フロイラインを悔いがないぐらい楽しませてあげるんでしょう?」
アルフレッドは、話を戻した。
そう、この会話は元々フロイラインの生活をどうやって楽しくいいものにするか、だった。
こんなイかれた快楽殺人鬼の過去を掘り下げる必要は、本来はないのだ。
「そうだねえ、まず手始めに何か遊ばせることからって考えたんだけれど」
二人して何もいい妙案は思いつかなかった。
進展は、なかった
「まあ、色々試してみるしかないですよ」
「親ってこんな感じなのかな」
「さあ、どうでしょう」
こんな感じで、一旦、この夜の『家族会議』はお開きとなったのだった。
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