第1章 第3話「2度目の死」
ゲートの内部──レンは、薄暗いダンジョンを進んでいた。足元には湿った土。頭上には不自然なまでに歪んだ天井。人工物と自然の境界が崩れたような、この異様な空間が、“ゲート内部”と呼ばれる領域だ。
呼吸をするたび、肺の奥に、焦げた金属の匂いがまとわりつく。
(……嫌な感覚だ)
レンは、ナイフを構えたまま周囲に警戒を向ける。
探索隊は総勢5名。レンはその末席に、ただ静かに並んでいた。
補助要員。そう呼ばれる存在。何かあれば見捨てられる。その程度の、重みしか持たない命。
◇ ◇ ◇
「――敵、前方!」
前を歩いていた隊員が、短く叫んだ。
その瞬間、影のようにうごめく異形種たちが、壁の隙間から現れた。
異形種。それも、通常型ではない。
膨れ上がった肉体。異常に伸びた四肢。どろりと滴る粘液。
(特異型──!)
レンは即座に判断した。だが、それより早く。ひとりの隊員が、パニックに陥って動けなくなっていた。硬直したまま、足がすくんでいる。
異形の一体が、跳躍した。まっすぐに、その隊員を狙って――
「──っ!」
レンは、反射的に身体を投げ出した。
思考より先に、本能が、動いていた。
割り込む。鋭い爪が、レンの背中を切り裂いた。
熱い。痛みよりも、内臓が揺さぶられるような感覚。膝が折れ、地面に崩れ落ちる。
「……逃げろ!」
レンはかすれた声で叫んだ。
振り返った隊員は、恐怖に顔を引きつらせながらも、一目散に後退していった。
(……よかった)
意識が遠のく中、レンは、かすかな安堵を覚えた。──そして、死が訪れた。
◇ ◇ ◇
暗闇。
どこまでも沈んでいく意識の中で、レンは、またあの感覚に包まれた。
熱い。黒い。激しい光。
それは、死を受け入れた瞬間、肉体に流れ込んでくる。異形種の、力。──スキル因子、捕捉。レンの脳裏に、かすかなノイズが走る。浮かび上がるイメージ――周囲の気配を断つ、存在そのものを遮る。
(……知覚を、遮断する力……?)
意味は分からない。けれど、直感的にこれは使える、と理解した。
レンは、迷いなくそれを受け入れた。
(……全部、喰ってやる)
《デス・リブート》発動。
細胞が震え、神経が再編され、レンの肉体が、新たな力へと“書き換えられて”いく。
◇ ◇ ◇
目を開いた。視界は、妙に澄んでいた。レンは、膝をついたまま、静かに息を整える。そして、身体の奥に宿った“力”を引き出した。
【知覚遮断】・展開。
空気が、ぐにゃりと歪んだような感覚。だが──
(……うまく、いかない?)
微妙な違和感。意図した通りに気配を消しきれていない。完全ではない。まるで、不安定な足場を踏み抜きそうになるような感覚だった。
(まだ……俺には、扱いきれていない)
それでも。今は、これでいい。
レンは、ぼろぼろの身体を引きずりながら、存在を霞ませ、異形たちに迫った。
気づかれない──なら、仕留めるだけだ。
異形たちは、たしかにレンの存在を捉えきれていなかった。だが、完全に“視界から消えた”わけではない。
(……隙は、ほんの一瞬だ)
レンは、瞬時に見極めた。知覚遮断によって、敵の警戒心を鈍らせる。そのわずかな遅れ。そこを突く。──それが、今の自分にできる最善だ。
レンは、地を蹴った。 足音を限界まで殺し、姿勢を低く保ったまま滑るように間合いを詰める。最も近い異形種の背後へ――刹那。 ナイフを、喉元へ突き立てる。鈍い手応え。
肺を潰された異形種が、音もなく崩れ落ちる。ほかの個体が反応する。
レンは、それより速く動いた。右へ跳躍。2体目の異形種の死角へ回り込み、低く構えたまま、脇腹を断ち切る。返す刀で、3体目の足を切断。膝をついた異形の首筋へ、ためらいなく刃を突き刺す。呼吸を忘れるほどの速度で、異形たちは、成す術もなく倒れていった。
◇ ◇ ◇
全てが終わったとき。ダンジョンには、レン以外の生者はいなかった。
血の匂い。鉄の味。全身を覆う感覚。
レンは、ナイフを下ろした。傷ついた身体を引きずりながらも、たしかな手応えを感じていた。
(……まだ、完璧じゃない。けど――)
スキルは、不完全だ。知覚遮断も、制御できているとは言いがたい。だが、それでも。確実に、進化している。死を越え、力を手に入れた。
レンは、ゆっくりと呼吸を整えた。
死んで、強くなる。それが、自分の存在意義だと、今は、迷いなく信じられた。
彼は静かに、歩き出す。まだ、この力を必要とする戦場が、この先に待っているのだから。
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