第1章 第2話「スキル:デス・リブート」

覚醒庁A.G.O.・本部ビル。灰色の無機質な壁に囲まれた会議室に、レンは座っていた。

 テーブルを挟んで向かい合うのは、複数の幹部たち。全員が、手元の端末とレンを交互に見つめている。重苦しい沈黙が、室内を満たす。

「──つまり、君はこう主張するわけだな」

 中央に座る上官が、低く問いかけた。

「任務中に死亡し、蘇生したと」

 レンは、無表情でうなずいた。

「……そうだ」

 短い返答に、部屋の空気がざわめく。

「そんな馬鹿な話があるか」

「覚醒者に蘇生能力など、報告例は存在しない」

 呆れ、苛立ち、疑念。さまざまな感情が、視線となってレンに突き刺さる。それでも、レンは動じなかった。

(……予想通りだ)

 この場にいる誰も、事実を受け入れるつもりなどない。

「だが、記録には異常が残っている」

 別の幹部が、端末を操作しながら言う。

「心拍停止を検知したあと、数分で急速に回復。……だが、これも『装置の誤作動』と判断されるべきだろう」

「そもそも、Eランク探索員の突然の超回復など──」

 机を叩き、誰かが嘲るように笑った。

「捏造だな。話にならん」

 レンは、無言のまま彼らを見渡す。この場に、味方はいない。そんなことは最初から分かっていた。覚醒者の世界は、実力主義だ。力のない者に、耳を貸す者などいない。ましてや、自分は――

(……異端だ)

 生きるために、死ぬ。死を踏み台に、力を得る。

 そんな存在、この世界では、異物でしかない。

「天城蓮。君の報告は却下する」

 上官は冷たく言い放った。

「以後、覚醒庁の規定に則り、虚偽報告とみなす。……以上だ」

 無慈悲な宣告。

 レンは立ち上がった。誰も、引き止めない。


◇ ◇ ◇


 廊下に出たレンを、足音が追いかけた。振り向かずとも、誰かは分かる。

 クレア・フジミヤ。医療班のヒーラー。唯一、あの夜、レンの心拍停止を確認した者。

「──天城くん」

 クレアは小走りに追いつき、息を整えながら言った。

「……本当に、死んだんだよね」

 レンは答えなかった。答える必要はなかった。クレアには、分かっているのだ。

「私、見たから」

 クレアは真っ直ぐな視線を向ける。

「君の心拍が……一度、完全に止まったことを」

 それから、再び動き出したことも。

「信じてるよ、私は」

 レンは、ふっと視線を逸らした。

(……信じる、か)

 それは、あまりにも――眩しい言葉だった。

「でも、大丈夫。誰にも言わない。私たちだけの秘密にしよう」

 クレアは、そう言って微笑む。淡く、優しい笑みだった。


◇ ◇ ◇


 数時間後。

 レンの端末に、緊急指令が届く。

【クラスBゲート、発生】

【即時対応要請】

 レンは、画面を見つめたまま、小さく、笑った。

(……また、戦場か)

 だが、今はもう、かつてのように怯えることはなかった。

《デス・リブート》

 この力があれば──何度死んでも、俺は立ち上がる。

 レンは、端末をポケットに押し込み、静かに歩き出した。戦いが待つ、次なるゲートへ。

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