第2話 始動?

「た、探偵事務所ですか・・・?」


「そう!あんたと私で悪いヤツを懲らしめるの」

 

「悪い奴を懲らしめたいなら、警察の方がいいのではないですか?」


「だから、警察は辞めたんだって言ったじゃん」


「何で辞めたのですか?」


「警察は悪い奴を捕まえるのが仕事で、懲らしめられないからね」


「探偵は捕まえることもできないんじゃないですかね?警察のサポート的な役目になるんじゃないですかね?懲らしめるなら、検察とか裁判官のがいいのではないですかね?」


「検察とか裁判官は悪い奴をぶん殴ったりできないからね」


 何か、おかしな事を言っているぞ・・・。目の前の嬢は本当に警察か?いや、元と言ったか?しかし、今、言っている事は完全に反社の人の発想だと思うが・・・。


「探偵も人を殴ったりは出来なくないですかね?」


「一般人だから、襲われたら正当防衛は適用されるし、現行犯で私人逮捕する場合にはある程度の情状酌量はあるでしょ」


 ぶん殴りたいだけ・・・?しかし、過激な事を言っているが、見た目が強そうには見えない。身長はせいぜい160センチくらい、体重だっておそらく五十キロも無いだろう。


「ぶん殴るとか言っていますが、雨里さん、失礼ながら、そんなに強そうに見えないですが」


 そう言ったと同時に目の前に拳が現れた。全く見えなかった。


「試してみる?」


「え、いや」

 恐ろしく早い。しかし、スピードだけでは喧嘩が強いとは言えない。


「あとね、私は特殊体質なんだよね。骨の密度と筋肉量が常人とは比べ物にならないのよ。頼もしいでしょ?」


「強そうですね・・・」


「で、探偵事務所やるの?やらないの?やらないなら、詐欺未遂でぶち込むよ」


「ぶち込むって言ったって、雨里さん警察は辞めているんですよね?」


「あんたの顔に拳をぶち込むって言ってんの」


 え?反射的に両手を上げた。


「分かりました。顔にぶち込まれるのも、刑務所にぶち込まれるのも勘弁して下さい」

 あの程度の詐欺未遂で刑務所にぶち込まれる事は無いと思うが、顔面には容赦無く拳をぶち込まれそうなので大人しくしていよう。


「オッケー! では、早速・・・どうしよう?」


「う〜ん、探偵事務所と言っても、仕事の取り方も分からないし・・・。事務所を構えるにもお金が無いですよね・・・」


「事務所構えるのに幾らくらいかかるの?探偵事務所やるんだから、事務所必要でしょ?」


「とりあえず、100万くらいあれば、事務所くらいは構えられるんじゃないですかね?」


「じゃあ、100万は私が用意するから。場所考えよう。悪い奴が多そうなところ」


 安易というか、子供っぽいというか・・・。こんな話しに乗ったら破滅しそうである。これはさっさと逃げた方が身のためだ。僕は適当に誤魔化して逃げると決め込んだ。


「悪い奴が多そうなところだと、新宿、渋谷、池袋とか繁華街じゃないですかね?そっちの方面でちょっと探してみますよ」


 そう言って席を立ち逃げ出そうとすると彩芽に声をかけられた。悟られたか・・・。


「あんた、名前は何て言うの?相棒になるんだから、名前教えてよ。婚活パーティーの名前はどうせ偽名でしょ?」


 相棒・・・。その言葉と屈託の無い笑顔を前に思わずまた席に座ってしまった。


「藤倉豪太。仕事はさっき言ったように役者志望で色々なアルバイトを転々としています」


「強そうな名前だね。じゃあ、今からあんたじゃなくて、豪太って呼ぶね。私も雨里さんじゃなくて、彩芽って呼んでよ。それから、私には二度と嘘をつかないでよ。約束だよ」


 不意に小指を絡められ約束げんまんされ、思わずたじろいでしまった。


「あ、う、嘘つかないです」


 凶暴だと思わせておいて、少女のような少年のような純粋な感じ・・・。大人になってこんなに真っ直ぐ人の目を見た事があっただろうか?何だか、胸がドキドキして来た。これは、ギャップ萌え、まさか、恋・・?ではないな。淡い勘違いはすぐに冷めた。絡めた小指がギリギリと締め付けられ、彩芽は小型の肉食獣のように目を爛々と輝かせ笑みを湛えている。僕の方が身長が遥かに高いにも関わらず、絡めた小指から重みと強さが伝わって来る。敵わない・・・この胸のドキドキは捕食者に捕まった時のドキドキだったのだ。逃げるのを諦めた。僕の諦めを感じ取ったように彩芽が言った。


「逃げないでよ。豪太にとっても悪い話しじゃないでしょ?アルバイトを転々としている生活から急に社長になれるんだよ」


「僕が社長?社長は雨、いや、彩芽さんじゃないのですか?」


「私は社長って柄じゃないし、経理とかお金の計算苦手だし。見た目も豪太が上司で私が部下って感じじゃない?探偵助手にも憧れてたんだよね。優秀な助手無くして探偵小説は成り立たないからね」


「そういうことでしたら、いいですけど。じゃあ、名目上の社長というか、所長は僕で、経理とかお金周りを担当すればよいですかね?」


「うん!豪太所長よろしく!」


 社長というのは悪い気はしない。経理関係は割と得意な方だし、探偵への憧れもある。しかし、探偵ってどんな仕事をすればいいんだ?浮気調査とか、逃げ出したペット探しを専門にしている探偵は知り合いにいるが、正直、そんな仕事は憧れの探偵の仕事ではない。


「彩芽さん、事務所なり会社なりを作るのはいいのですが、仕事の当てはあるのですか?」


「まあ、任せてよ。最初に必要なお金と仕事は私が考えるからさ。とりあえず、ここ出て、二人の門出に乾杯しに行こう!」


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