第2話

「……龍華。お前がどんな境遇だろうと、俺はお前の味方だ」

「祐樹……」

思わず、そう口にした俺に、龍華は驚いたように目を見開く。

そしてすぐに、ボロっと涙を零した。

「笑わせんなよ。アタシみたいなのを、守れるわけねえだろ……」

「馬鹿野郎。守るのは男の役目だろう」


涙を拭いながら、龍華が言う。

「ハンカチ、貸してみ。舎弟」


「はいよ。……って、もう舎弟かよ!」


ため息をつきつつ、龍華にハンカチを手渡す。


そんな俺たちの様子を、時任さんがクスクスと笑いながら見ていた。


「祐樹くんと龍華ちゃん、とても良い関係だ。初々しくて微笑ましいねえ」


「う、うるせえな! アタシと祐樹は、そんな関係じゃねえ! ……たぶん」


「そうかい? まあ、若いっていいものだ。私も昔を思い出すよ」


含みのある笑みを浮かべる時任さん。


そして、俺と龍華を見つめながら、真剣な口調で言った。


「二人とも、これからは気をつけてほしい。龍華ちゃんの力と、龍玉を狙って、必ずまた敵が現れる」


「うん、わかってる。この龍牙幇とやらと、蛇神衆(ジャーシェンソン)をぶっ潰してやるよ」


勢い込む龍華に、時任さんは頷いた。


「手強い相手だ。みすみす命を落とすようなマネはしないように」


「へっ。アタシを誰だと思ってんだ。この李龍華(リ・ロンファ)、伝説の『龍』と呼ばれし者に、負けるわけがねえ」


「それもそうだが……祐樹くんのことも守ってあげなきゃね」


「ん? ああ、まあそれは……当然だ! 舎弟は大事にしないとな! うん!」


言葉に詰まりながらも、龍華は力強く言った。


俺は苦笑しつつ、心の中で決意を新たにした。


(俺も、こいつのために力になりたい。どんな危険があろうと、龍華のそばにいよう)


そう心に誓った、その時だった。


突然、アパートの窓ガラスが割れる音が響き渡った。


「なっ!? 今の音は……」


身構える龍華。窓の外を見やると、見覚えのある黒装束の集団が、不気味な笑みを浮かべてこちらを窺っていた。


「龍華ちゃん、見つけたよ。おいで、ボクのところに来なさい」


「誰だテメー! ……って、まさか蛇骨の玄武(ジャコツノゲンブ)か!」


険しい表情で、男を睨みつける龍華。


対する男――玄武は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。


「そう、僕だよ。龍華ちゃんには、僕と一緒に来てもらうからね」


「ふざけんな! アタシはテメーらとは絶対に行かねえ!」


「そう言わないで。君の抱える龍魂(ロンコン)の力、ボクたちには必要不可欠なんだ」


不気味な笑みを浮かべながら、玄武が手を伸ばす。


その手が龍華に触れる寸前、俺は咄嗟に龍華の前に立ちはだかった。


「龍華には触れさせない!」


「……祐樹」


俺の後ろで、龍華が息を呑む。


一方の玄武は、面倒くさそうに溜息をついた。


「邪魔だよ、君は。どきなさい」


「どかねえよ! 龍華を守る……それが俺の役目だ!」


きっぱりと言い放つ。玄武は苛立たしげに眉をひそめた。


「だったら、死んでもらおうか。君みたいなゴミ、僕の前では長くは保たない」


「それはどうかな。なめるなよ、このオッサンを」


そう言って、時任さんが俺の横に立つ。その手には、一本の剣が握られていた。


「……! まさか、あの剣は……」


剣を見た玄武の顔に、一瞬驚きの色が走る。


時任さんは不敵な笑みを浮かべた。


「そう。これはあの龍牙幇四天王(してんのう)が使っていた、伝説の名刀『青龍堂(せいりゅうどう)』。私はかつてその四天王の一角……青龍と呼ばれていたんだ」


「……くっ。あの伝説の剣豪か。面倒だな」


舌打ちする玄武。だが、すぐに不敵な笑みを取り戻した。


「だが、今のお前に、あの頃の力は残っていまい。その剣も、今は形見の品でしかない」


「どうかな。思い知らせてやろう、この剣が未だ冴えているかを」


そういうと、時任さんは玄武に向かって剣を構えた。


「祐樹くん、龍華ちゃん。私がここは食い止める。その間に、二人で逃げるんだ」


「で、でも……」


逃げ出すのを躊躇う俺に、時任さんは優しく微笑んだ。


「平気だ。すぐ追いつく。それに……二人を逃がすのは、私の役目でもあるからね」


「時任さん……わかりました。行こう、龍華!」


「う、うん! 時任のジジイ、死ぬんじゃねえぞ!」


そう叫ぶと、俺は龍華の手を引いて部屋を飛び出した。


「逃がすか! 八歩(はっぽ)衆、あいつらを追……」


玄武の声が後ろで聞こえる。だがすぐに、時任さんの鋭い剣戟の音に遮られた。


俺たちは、一目散に街中を駆けていく。


人混みをかき分けるように走る。まだ pursuitの気配は感じられない。


(なんとか、撒けたかな……?)


そう思ったのも束の間、突然目の前に影が躍り出た。


「ようやく見つけたぜ。龍華ちゃん、お前はこっちへ来い」


不気味な笑みを浮かべる男。その腰には、鎖鎌(くさりがま)のようなものが下げられている。


「か、影鰐衆(えいがーしゅう)! 追っ手か!」


身構える龍華。影鰐衆と呼ばれる男は、ゲラゲラと不気味に笑った。


「そうだぜ。俺は影鰐衆の一、風影の赤目(ふうえいのあかめ)。お前らの命、貰っていくぜ」


そう言って、赤目と名乗る男が鎖鎌を振りかぶる。


咄嗟に、俺は龍華を抱きかかえて飛び退った。


「祐樹!」


「大丈夫か!?」


心配そうに俺を見つめる龍華。 俺は何とか笑顔を作ると、彼女を庇うように立ち上がった。


赤目は舌なめずりをしながら、俺たちを見下ろしている。


「へっ。足手まといのガキを守ろうったって無駄だぜ。さっさと龍華ちゃんを渡しな」


「や、やだね。龍華は渡さない。俺が……俺が絶対に守る!」


「祐樹……バカ。お前に頼んでねえよ」


俺の背中から、龍華が小さな声でつぶやく。


だが、その声は震えていた。心なしか、手に伝わる体温も熱くなっている。


(こいつ……俺を心配してるのか)


そう気づいた瞬間、不思議と力が湧いてきた。


赤目を睨みつけながら、俺は言った。


「アンタらの前には、絶対に龍華を渡さない。龍華の、そして俺の人生を、好き勝手に壊させたりしない!」


「チッ、生意気なガキだ。だったら……死ね!」


怒号と共に、赤目の鎖鎌が振り下ろされた。


俺は身を捩ると、その鎖をギュッと掴んだ。掌が焼けつくような痛みに見舞われる。


「ぐっ……! くそ、負けるか!」


金切り声を上げながら、必死に鎖を引っ張る。


赤目は驚いたようにたじろいだ瞬間、俺は鎖を引き寄せると、渾身の力で回し蹴りを叩き込んだ。


「……がはっ!」


見事に急所に決まったのか、赤目は断末魔のような叫び声を上げて吹っ飛んでいった。


その様子を呆然と見つめる龍華。やがて、感嘆の声を上げた。


「す……凄い。相川祐樹、アンタ、やるじゃねえか」


「へへっ。どうだ、これが俺の本気だ!」


「うん。ちょっとカッコ良かったかも。……あ、でも舎弟のくせに調子に乗るなよ?」


そう言って、龍華はデレた表情を慌てて隠した。


俺は苦笑しつつ、龍華の手を握る。


「まあ、そんなことより逃げようぜ。追手が来る前に」


「……そうだな。行くぞ、祐樹!」


こうして、俺たちの逃走劇は続いていく。


だがこれは、まだ序章に過ぎない。


龍華の抱える事情。襲い来る凶悪な敵たち。


そして……彼女との絆を深めていく日々。


型破りな運命に翻弄されながら、俺と龍華の物語は、動き出したばかりなのだった。


(つづく)

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