無駄のない生活

昼川 伊澄

無駄のない生活

一見とても清潔そうなミニマリストだが、統計的に見て早死であるとアメリカの大学の論文で記されている。嘘である。

この話を彼にしてみたが、彼は興味無さそうに食洗機から出てきた熱い食器を拭き上げていた。彼は厚着が嫌いで、アルバイトの制服の下は必ずエアリズム一枚だった。今の時期はヒートテックだった。もちろん私服でアクセサリーなんて付けることは無かったし、先日、Tシャツの上にビスチェを重ねていた彼女に向かってあからさまに嫌悪感を示していた。

「俺は数学が好きだ。俺はミニマリストに文系はいないと思っている。太宰治の無駄に読点の多い文章を見ていると上から掃除機をかけてしまいたくなる」

ミニマリストは無駄のない生活の代名詞だ。文学部の僕は部屋の中に本が積み上がっている。彼は、電子書籍しか読まない。

「さっき僕が、なんで嘘をついたか分かるか?」

バイトの制服をハンガーにかけながら、尋ねてみた。僕は制服を上から来た時には見えないのをいいことに、短めのネックレスをつけている。

「俺を批判したいのか?」

彼がパソコンで退勤を押す。練習時間を感じさせるほど、タイピングが素早い。

「怒らないでくれよ。今、お前は気が立ってるのは分かるけど」

僕がそう言うと、彼は目元を擦った。両目の尻が赤く突っ張っている。僕は一足先にバックヤードを出て、持ち帰り用としてレジ横に売られている個包装のカヌレをふたつ買った。時給の下限をひた走っている僕としてはなかなかにやさしくない値段であるが、買ってやった。そして帰り道、隣にあるコンビニに寄って、熱い缶コーヒーもふたつ買った。

「ほら、食え」

微糖を買った。彼がブラックコーヒーを好んでいることを知っていたが、微糖にした。

彼は先にプルタブに指をひっかけて、片手でかりっと口を開け、口元に缶を近付けた。僕は、明らかに女性向けであろう可愛らしい包装を丁寧に開けて、カヌレにかぶりついた。

「なんでカヌレなんだよ」

コーヒーの背伸びした香りと共に、彼の苛立ちがふわふわと漂ってくる。コンビニの入口付近は、枯葉があちこちに散らばっていて、掃除の粗雑さが目立つ。屋根に入るようにして横に並んでいるから表情は見ていないが、きっと彼は眉をしかめていることだろう。僕は心の中で、僕ってばなんて友人に優しい男なんだろう、と密かに胸を張る。

「お前の彼女がカヌレを作っていたことがあったんだろう?」

彼は音を立てずにコーヒーを啜る。僕は、指圧の度にかしゃっと鳴る包装紙を見せびらかすようにして、カヌレにかぶりつく。しばらく黙ったのち、彼は夕方の空に透かすように、カヌレを持ち上げた。シンプルな形状で茶色一色の焼き菓子は、バイト先に陳列されていた時よりも美味しくなさそうだ。

「食べたとき、ちゃんと美味しいって言ってやったのか?」

僕も缶コーヒーを開ける。落ち葉が風と共に足元に寄ってくる。

「言ったさ。でも、家で渡すのにわざわざ凝ったラッピングしてあるのが理解できなかった」

一見とても清潔そうに見えるミニマリストだが、統計的に見て早死であるとアメリカの大学の論文で記されている。嘘である。多分。

「なあ、傷心記念に、そのカヌレの包装とコーヒー缶、残しておいても良いんだぞ?」

僕はピシッと背筋を伸ばして言った。彼は少し微笑んだと思う。

「不潔だろう、それは、さぁ」

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無駄のない生活 昼川 伊澄 @Spring___03

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