第22話:黄昏の聖域

 人生とは選択の連続。

 選択には自らに打ち勝つ勇気が、そして、決断への責任が求められる。

 すなわち、選択とは人を人たらしめる最大の行為なのだ。


 幅広い産業の大企業が集まる、世界的金融都市トロント。パラディン・セキュリティのおひざもととしても、知名度が高い。

 市民のほとんどが、パラディン・セキュリティおよび、その関連企業に従事し、トロントは企業城下街のようそうていしている。


 会社は従業員の勤務態度や社会こうけん、犯罪経歴といった信用情報を法的許容範囲内でてっていてきにスコア化。しかも、世界企業連盟内で共有までしている。

 これに対し、市民側は自らの社会的価値を証明でき、他企業への転職もスムーズに進むことから、比較的、抵抗も少なく受け入れていた。


 トロントに本社を置く、パラディン・セキュリティは世界最大の民間軍事警備会社PMSC

 戦闘要員だけでも約七十万人のコントラクターを有し、他に警備員、技術者、分析官、医療要員、予備役といった非戦闘要員、臨時コントラクターまで含めると、在籍社員はゆうに二百万人を超える。


 業務については要人警護、重要施設の警備、輸送車両の護送、防犯システムの提供といった一般的な警備事業から、正規軍の後方支援、現地での医療・教育支援といった紛争地域での支援活動まで広範囲におよぶ。


 また“世界で最も合理化が進んだ軍隊”としても知られ、あまりおおやけにはしていないが、各国政府との契約により、前線での直接戦闘ならびに対テロ特殊作戦までも実行。

 実戦経験を活かし、正規軍への戦闘技術指導すら行っている。


 広大な敷地を誇るトロント本社は本社ビルと通信・医療・訓練・研究開発といった各センターおよび格納庫といった、様々な機能が合わさった巨大複合施設を形成。パラディン・セキュリティが組織として、高い自己完結能力を有していることがうかがえる。


「ゴールドヘイヴンからハンター1。コード7ノーベンバーを発令、ただちに駐機場ブラボー4へ向かえ。目的地と任務については機内でのブリーフィングにて伝達される」

「ウルフ2‐1は訓練プログラムを実施中。まもなく一位レコード更新」


 敷地内に装甲車両が走っているのは当たり前。

 何なら、小型偵察ヘリやヴァンガードも間近で見ることができる。

 警備兵は憲兵MPであることを示す、腕章とワッペンを着用し、敷地内の従業員・戦闘員へ目を光らせ、裏切り者には決してようしゃしない。


 まるで、ここだけがトロントでも異なる世界のように感じられる。

 日常からの非日常。

 人工衛星からでは軍事機密という名目により、全ての敷地が空白。

 地下には試作兵器や新兵器の試験場も。


 ただ、眼下に広がる世界に、エレナは満足できていない。

 この景色はあくまで、理想のみちなかばに過ぎない。

 求めているのは、よりよい世界、よりよい未来だ。


「マーグレイヴ様、指示通りに情報の選択と集約を行っております。しかし、本当によろしいのでしょうか? かの“存在”を知ろうとしてはならない。それはいつの時代でも語り継がれる都市伝説にして、裏社会における暗黙の了解でもございます。触れようとしてはならない、パンドラの箱。知ろうとした者はしんえんに飲み込まれ、全てを失うと……」


 エレナの秘書、トーマス・ミュラーはおそれ多くも、彼女に進言した。

 エレナがイギリス陸軍情報部に属していたように、彼はドイツ情報機関の元エージェント。

 裏社会に伝承されてきた〈がらす〉、〈魔女伝説〉を知る者でもある。


きんの領域……それは重々承知のこと。あのお方も、すでに自らの手で調べ始めていることでしょう。我々は敵を知らねばならない。あのお方は“ぬれいろの魔女”の情報を求めておられる。魔女の正体を暴き、“ただの人間”に過ぎないということを、証明されるおつもりだ」

「はい。あのお方は“人間”を最も理解されておられます。我々よりも、広く、深く」


 トーマスはふかぶかと頭を下げ、エレナと同様、至高のあるじに揺るがない忠誠を誓っていた。


「人類はあのお方に管理されるべきなのよ」


 指令室の背後、吹きぬけ下段の情報分析ステーションでは、世界企業連盟の人脈と人材をつぎ込み、即席とは思えない巨大な情報収集チームが動いている。

 百人の情報分析官が山のように積まれている報告資料、歴史文ぶんけん、美術書籍を読みあさり、人海戦術で「がらす」と「なみレイ」が関わっているとされる事件、事故、歴史的転換期、人物を探す。


 暗号解析、軍事、考古学、文化、歴史、芸術、らく、武道、建築、経済、金融、医療──


 AIによる補助を受けながら、分野のかきを越えて、部下たちが共同で作業する様子。

 それをエレナは満足そうに見ていた。



 昼の一時、ウズベキスタン東部。

 古きを知り、今を生きる、小さな街コーカンド。

 のどかな日々に、いとおしさを感じられる街。

 そんな街にレイはいた。


 パミール高原からグノーシスの追手をまき、セーフハウスにて装備の調達。

 ミラージュの弾薬を補充し、携帯食糧をかじる。

 シャワーを浴びる時間はない。

 すぐにでも、この場から離れなければならない。

 長居は無用。

 最低限のやるべきことを、手早く終わらせ、駐車場に停めているしゃへ乗り込んだ。


「サイレーン1からルーク3。かぐやを出る」

「サイレーン1、そちらに敵車両部隊が向かっています」

「了解。こちらで対処するわ」


 セーフハウスに面した道路を左折。

 アクセルペダルの踏み込みとともに、しゃは徐々に加速する。

 その姿を上空の小型偵察ヘリは見逃さなかった。


「コンドル3‐1からサンダーヘッド。目標はファーカット通りを北北西に進んでいる。黒のクーペ。現時点で、周囲に他の敵性勢力は確認できず。オーバー」

「サンダーヘッド、了解。コンドル3‐1、そのまま上空で目標を監視せよ」


 幹線道路は敵車両部隊による交通規制、道路封鎖が進められている。

 停車しているのはパラディン・セキュリティのロゴが描かれた、銃座付き高機動装甲車。

 そこから降りてきた兵士達は軍用ヘルメット、ボディアーマー、目出し帽バラクラバまで着用、一見して正規軍のようなふうぼうだ。


「サンダーヘッドからジャッカル全隊、そのまま道路の封鎖を進めろ。関係各所には通達済みだ。警察も動かない。ストライクチームが到着するまでの時間を稼げ」


 歩兵部隊は困惑する市民相手に遠慮することなく、簡易バリケードを置き、歩行者通行帯を塞いだ。


「ジャッカル2‐3、こちらジャッカル1‐1。そちらを通過する」

「了解。バリケードを開放する」


 奥から来るのはレイを直接追撃するための車両部隊。

 ジャッカル1‐1の通過後、再びジャッカル2‐3はバリケードを閉じる。

 当たり前だが、その光景に市民は納得できていない。


「ジャッカル2‐3、封鎖完了。待機する」


 彼らは近づいてくる相手が“何者なのか”を知らない。

 それは彼らにとって、ゆいいつの救いかもしれなかった。

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