7話 野球は人を狂わせる

火花ひばなの暴走をなんとかなだめ、俺たちは無事に目的地であるスタパに到着した。


俺が大輔だいすけから呪文を教わっている間に女子三人組には先に注文を済ませてもらい、二階の席を確保しておいてもらった。


火花とかえでがスムーズに注文できるのはイメージ通りだったが、杓井しゃくいさんまでいつも通りのほんわかした口調で呪文を唱えていたのはびっくりした。やっぱり、普通の子は(杓井さんが本当に普通かは置いといて)スタパの経験が豊富らしい。


「エスプレッソアフォガートフラペティーノのトールに、ショット追加、チョコレートソース追加。これが俺のおすすめの呪文や。いい感じの苦みの裏にいい感じのチョコレートの甘味。はい、わかったらリピートアフターミー」


「エスプレッショアフォガードフラペティーノのトールに、ショート追加、内野手五人体制。カチカチの内野の裏にスカスカの外野」


「遊撃手追加すんな。噛みっ噛みでスタパで野球するやつがこの世界のどこにおる。ショット追加や、ショット追加」


「これは失礼。エスプレッソアフォガードフラペティーノのトールに、ショット追加、チョコレートソース追加でお願いします」


「よし、ほぼOKや。アフォガート、だけ治せば完璧」


よし、これで俺も怖いものなしだ。大輔に背中を押され、右手右足を同時に出しながらレジに向かう。


「ご注文お伺いします」


「エスプレッショアフォガートフラペティーノのトールに、ショット追加、チョコレートソース追加でお願いします」


「かしこまりました。お会計が合計で746円でございます」


高い。けど、お姉さんがかわいいから俺払っちゃう。俺が陽キャだったらナンパしてたね。


何故か少し震える手を抑えながらお会計を済ませると、奥の店員さんが何やら作り始めて、すぐに受け取りカウンターで呪文の成果物を受け取ることができた。


どれ、一口味見を…。


「な、それ美味くない?」


したところで、大輔に邪魔をされた。ただ、彼の言う通りこれは美味しい。こればかりは陽キャパワーを素直に称えておこう。


「うん、ちゃんと美味しいわこれ。さすがっすね」


「伊達に何回も来てないからな。じゃ、はよ上行こうや。三人ともそろそろ怒るで」


大輔が二階に上がる階段を上るのを追いかけ、俺も二階に上る。


二階に着いた時に俺の目に入ったのは、目の前に広がる海と明石海峡大橋――だけだったらよかったのだが、なぜか目を輝かせた火花が確保してくれていた席からこっちに走ってきている光景までセットだった。


いや、なんで? 何があったら俺が上がってきただけでこっちに向かって走ってくるなんてイベントが発生するわけ? バグですか? デバッグ不足ですよ運営さん。


犬だったらしっぽをぶんぶんと振り回していそうな顔をした火花は俺の目の前にくるなり、意気揚々と口を開く。


「ぽげ君、野球好きなん⁉」


「……?」


正直、あまりにも予想外の質問が飛んできた。確かに一周目で野球漫画を読んで野球にはまり、阪神を20年くらい(つまり死ぬまでである)はずっと応援してたけど、どうしてそれを今火花が聞いてくるんだ?


「ま、まあ確かに野球は結構好きやけど、なんで火花がそれを?」


「さっき大輔君が、ぽげ君が野球の内野5人シフトボケかましてきたって言っててさ! 私も野球大好きやから、ぽげ君も好きなんかなって気になって!」


なるほど。大輔がいらんことを言ったらしい。ボケはその場以外では大体おもんないってお母さんから習わなかったのか、あいつ?


で、なんだって、火花が野球が好き? そんなことあんの? あんまりこういう女の子が野球とか見るイメージなかったんだけど、これまた俺の陽キャへの偏見が打ち砕かれてしまったってことですか?


俺が脳内で情報を整理している間にも、火花のマシンガントークは続く。


「でさでさ、プロ野球って見る? 私はまあまあ見てて阪神応援してるんやけど」


「う、うん、まあ、そこそこ見るって感じかな。俺もプロ野球はもっぱら阪神やな」


「マジ⁉ やっぱり関西人で阪神応援してへん人なんかおらんよな~。もし他球団の名前が出てきたら、危うくぽげ君をそこの海に投げ捨てるところやったで」


笑いながら目の前に広がる瀬戸内海を指さす火花。いや、笑えないんですけど。あそこテトラポットだらけで上がれそうにないし、かなり死ぬんですけど。


しかもこんな物言いを笑顔でするってことは、かなり教育(意味深)された阪神ファンだ。多分機嫌が前日の阪神の勝敗とか、ドラフトの結果によって左右されるタイプの人だぞ、これ。昨日阪神が勝ってくれててよかった。こらそこ、お前も阪神戦見てるじゃないか、とかツッコまない。


俺が引き気味の苦笑いを作っているのも気にせず、火花は止まらない。


「昨日もさー、阪神が無駄に余裕のない試合するから、あいさつの文作るのが遅くなって、それで今日遅刻しかけたんやから。ほんまに、ピッチャーは頑張ってんのに、打線がつながらなさすぎやで。何回残塁させたら気が済むんや、このチーム。ちょっとチャンスでヒット一本打つだけで楽になるのに」


「俺が衝突されたのって、阪神の力が無いせいやったん…?」


「そうやで、私は悪くない。10-0とかで勝ってくれてたら安心してあいさつの文章考えられたのに、まったく」


この人はもうだめだ、手遅れだ。まあ、今のところ非の打ちどころがなさすぎて怖いくらいだったし、このくらいの欠点(?)があってもいいだろう。


聞きたいことを聞けたうえに俺が阪神ファンだったことに満足したのか、火花はマシンガンの乱射をやめ、確保してくれていた席を指さしながら言った。


「仲間やっていうのもわかったし、あそこが確保した席やから、行こ」


「お、おう、そうやな。いい感じの席とってくれてありがとう」


「いえいえ、平日の昼間やし空いてたから。おーしゃんびゅーってやつやで」


「やっぱり山の中から降りてきた人は海に関する単語に弱いんや」


「次三田さんだいじりしたらそこの瀬戸内海か道頓堀に落とすからな」


少しいじってみたら、とんでもない剛速球が返ってきた。この人のことをいじるのはやめた方がいいのかもしれない。


そんなおぞましいやりとりをしているうちに席につき、空いていた席に座る。


すると、着席早々に予想だにしない言葉が大輔から発せられた。


「じゃあ、温人も来たし、麻雀仁義なき戦いを始めるか」




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