第27話 「静かなる疑念」

村に戻ると、午後の空はますます低く曇り、灰色の雲が屋根を押し潰すように垂れ込めていた。

ケイは泉で見つけた瓶を布に包み、アックとともにシュウナ家の裏手にある物置に隠した。


「これを見つけたこと、まだ他の人には言わない。証拠が足りないうちは……混乱を招くだけだから」


アックは短く頷く。


「おまえの判断に従うよ。だが、一応、近くの集落にも連絡を回しておく。村を閉じるのは危険だからな」


「うん、ありがとう。……それと」


ケイは手に持っていた木の札を差し出した。

それは、かつてネアが持っていたものとよく似た、旅人の身分証だった。


「これ、昨日の夜にサクが拾った。村のはずれで、“光ってた場所”に落ちてたって」


アックは札を手に取り、目を細めた。


「魔術封印の印……これ、王都の術士団のものだな。持ち主の記録、確認してみる」


「たぶん、これも“外から”じゃなく、すでに“中にいた”誰かのもの」


ケイの声は低く、確信を帯びていた。


* * *


その夜、ケイは一人、村の見回りに出ていた。

火の気を確認し、倉庫の鍵を確かめ、風で倒れた柵を直す。


そんな姿を、サクはこっそり屋根の上から見ていた。


「ケイって……たまに、全部知ってるみたいな顔するんだよなぁ」


猫を抱えながら、ぽつりとつぶやいた。


「でも……ほんとは、すごく無理してるのも、知ってるよ」


その声が、夜風にさらわれる。


* * *


ケイが倉庫の裏に回ると、不意に足音がした。

振り返ると、そこには若い農夫の姿。だが、その目はどこか、虚ろだった。


「……おや、こんな時間に珍しいですね。何か、お探しですか?」


ケイは一瞬、笑みを作る。


「少し風が強いから、道具が飛ばされてないか見に来ただけ。あなたは?」


「私は……散歩です。夜の風は、気持ちがいいですから」


そのまま男は立ち去った。

だが、彼の足元に残ったわずかな土の染みと、先ほどの札の刻印──ケイはすでに“候補”を絞り始めていた。


* * *


夜遅く、ケイは再びアックと会う。


「……いた。たぶん、あの男。見張りはお願いできる?」


アックは頷くと、短剣の柄を軽く叩いた。


「お前の予知夢が正しいなら、今夜は何も起きない。だが……明日は分からないな」


ケイは空を見上げた。

夜空は星も月も隠れ、ただ風の音だけが遠く響いていた。


「……でも、だからこそ、今から動ける」


(未来が“変わらない”なら、備えるしかない。何が来ても、大事なものを守れるように)


ケイの目は、闇の中でも確かに光っていた。


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