第26話 「濁りの底」

翌朝。

空は曇り、風は収まりきらず、村全体にどこか落ち着かない気配が漂っていた。


ケイは、小さな荷を背負い、水源へと向かっていた。

アックに渡された簡易検査具と、自作の地図。目指すのは、村の水を引いている上流の小さな泉だった。


村の少年たちが虫を追いかけて駆け回る中、ケイはひとり、静かに山道を登っていく。


途中、倒れかけた柵を直しながら、枝に結ばれた鳥よけの鈴を見つける。


(これは……)


その結び目は、ほんの少しだけ歪んでいた。

まるで、誰かが“偽装”したかのように。


泉に近づくにつれて、空気がひんやりと変わる。

水の音が近づいてくると同時に、土の匂いに混じって、ほのかに金属のような匂いが鼻を刺した。


泉は、見た目こそ清らかだった。

だが、覗き込んだ水底には、沈んだ紙片や、溶けかけた小瓶のようなものが見えた。


「……やっぱり、何か混ぜられてる」


ケイは慎重に瓶を取り出し、アックに渡された検査具を使って、反応を確かめた。


結果は──“異常”。


しかも、ただの毒物ではなかった。


「……魔力反応……?」


ケイの手が止まる。


この水には、誰かの“術式の痕跡”がある。

それも、かなり手の込んだもの。自然の中に紛れ込ませ、検出されにくくしている。


(魔術師……? いや、これは軍属の仕事だ。素人の手口じゃない)


足音がして、ケイが振り返ると、そこにはアックがいた。


「先に来てたのか? 気になってな」


「うん、見つけたよ。たぶん、これが“原因”だと思う」


アックは瓶を覗き込むと、眉をひそめた。


「魔術混入型の毒か……カーヴァル家の術士連中、確かにこういうのを扱えるな」


「でもね、アック。これ、村の誰かが持ち込んでる。泉のすぐそばに、荷跡があった。新しいものだ」


「……つまり、内部に手が回ってる?」


ケイは静かに頷いた。


「誰かが“指示”を受けて動いてる。でもその動機が、まだ分からない」


ふたりは泉を背に、再び村へと歩き出す。


「……なあ、ケイ。もし、犯人が村の中にいるとしたら」


アックの問いに、ケイはわずかに目を細めた。


「……だから、備えるんだ。次の“動き”に」


風がまた強くなり、森の葉をざわつかせる。

空に低く、黒い雲が流れていた。


ケイは拳を強く握った。


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