第23話 「静かな兆し」

──数日後。

村は、少しずつ平穏を取り戻しつつあった。


広場に吹く風は柔らかく、畑では村人たちが久しぶりに笑いながら作業している。

その中で、ケイは静かに、傷んだ道具の修理を手伝っていた。


アックが声をかけてくるのは、いつも決まって夕暮れだった。


「手、慣れてるな。鍛冶でもやってたのか?」


「いや。見よう見まねで、ね。壊れる場所って、だいたい決まってるから」


「……予想がつくってわけか」


ケイは、微笑を返すだけだった。


アックは少しだけ目を細め、そばに腰を下ろす。


「お前、あの時──全部を見通していたようだった。カーヴァル家の細工も、あの火事も」


「……偶然、そう見えただけだよ」


「だとしても、だ。俺にはできなかった」


アックは、拳をぐっと握った。


「俺はずっと、目の前の任務ばかりに囚われていた。村を守るためだと思ってたが、見落としてた。……情けない話だ」


ケイは、手を止めると、ふっと静かに言った。


「気づけるかどうかは、きっと偶然じゃない。信じられるものを、信じ続けられるかどうか、なんだと思う」


アックが顔を上げると、ケイはまっすぐこちらを見ていた。


「たぶん、これからもいろんなことが起きる。でも、俺は……守りたいものがある。だから“先に打つ”」


「“備える”ってことか?」


ケイは、頷いた。


「うん。たとえ誰にも理解されなくても」


アックは、短く息を吐いた。


「変なやつだな、お前は」


「よく言われるよ」


──そのとき、遠くから馬の足音が聞こえた。

アックがすっと立ち上がる。


「……カイリヤの使者だな。動きが早い。向こうも気づいたか」


ケイの目が、わずかに揺れた。


「もう……来るのか」


アックは振り返り、低く言った。


「何が起きる?」


「まだ、はっきりとは見えてない。けど、誰かが試される」


ケイは、木の陰に目を向けた。


──その先に、静かに風に揺れる草があった。

ほんのわずかに、空気の流れが変わった気がした。


(まだ間に合う。……備えは、打てる)


* * *


日が暮れるころ。

ケイは一人、シュウナ家の裏庭で、小さな布包みを開いた。


中には、いくつかの小道具と、焦げた帳簿の紙片。

そして──新たに書き起こした「備忘録」。


未来の断片を、忘れないように。

そして、それに縛られすぎないように。


ケイは、独り言のように呟いた。


「信じてくれなくてもいい。でも、信じてくれる人が、いつか必要になる」


月が、静かに昇り始めていた。

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