第17話 「静かな手のひら」
夜が明けた。
村には、変わらぬ朝が訪れていた。
ケイは、広場の隅で、薪を割るふりをしながら、そっと村を見渡していた。
(……まだ、騎士団にも動きはない。)
だが、地面の下で、小さな火種がくすぶっている。 ケイは、それを感じていた。
「見てるだけか? ……ま、無理はするなよ」
村に詰めている騎士団長のアックはぽんとケイの肩を叩いた。
その視線の奥には、何か別の意図が潜んでいるように見えた。
* * *
宿屋。
ネアは、粗末な朝食をとりながら、ふと窓の外に目をやった。
見える。
広場で、薪を割っているケイの姿。
──昨日から、何かが引っかかっていた。
(妙なやつだ。)
無駄な動きがない。 目立とうとしないのに、何かを「考えて」動いている気配がある。
(……まあ、気のせいだろうけど。)
ネアは鼻で笑った。
あんな子どもに、世界は動かせない。 この土地の行方を左右できるのは、もっとずっと強く、賢く、冷酷な大人たちだけだ。
(目標はシュウナ家……それ以外は雑音。)
そう、心の中で切り捨てた。
* * *
その昼。
ケイは、騎士団たちと共に、倉庫の整理を手伝っていた。
古い記録帳、焦げた箱、かろうじて読める備蓄表──
「くっそ、これもダメか……。」
若い騎士がため息をつきながら、紙束をつまむ。
ケイは、汚れた紙束の中から、何気ない顔で、一枚を抜き取った。
(これは⋯)
若い騎士が、ちらとこちらを見たが、ケイは笑って肩をすくめて見せた。
「大したものは、なかったよ。」
「そっか……助かるよ。」
騎士は、何も疑わずにまた作業に戻った。
* * *
その夜、村外れの小さな丘の上。
ケイは、月明かりの下で、隠し持った紙を広げた。
(まだ、今じゃない。)
嵐が吹き荒れるそのときまで── 備えは、胸に秘めておく。
ケイはそっと紙を畳み、腰袋のさらに奥、誰にも見つからない場所へ隠した。
* * *
──同じころ。
ネア──旅人を装うスパイ──は、宿屋の片隅で静かに話を聞いていた。
「シュウナ家、食料庫の備蓄、また減ったらしいぜ。」
「やっぱ領主がヘマしてんだろ……。もうすぐカーヴァル家に吸収されるって噂だぞ。」
小さな酒場は、くだらない噂話に満ちていた。
ネアは杯を傾けながら、心の中で冷たく笑った。
(計画は順調……)
彼女たちスパイは、シュウナ家に小さな綻びを作り出し、
それを「噂」として広げ、徐々に不信を植え付ける工作を進めていた。
すべて──カーヴァル家のために。
(だけど……)
ネアは、ほんのわずかに眉をひそめた。
(……気になる。)
どこかで、なにか──
見落としているものがある気がした。
(……誰だ?)
あの、無口で目立たない少年。
ケイ。
ただの田舎者にしては、あまりにも静かに、賢く動いている。
ネアは、杯を置き、そっと立ち上がった。
警戒を、少しだけ強めながら。
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