第16話 「静かなる波紋」

村の広場では、人々が集まって噂話をしていた。


「最近、食料が高くなったのは、シュウナ家のせいだって……」

「勝手に交易を変えたせいで、カーヴァル様が怒ってるって話だ。」


ぽつぽつと、不穏な声が漏れ始めていた。


それを、村の外れからそっと聞いている者がいた。


──ネア。


旅人の顔をした彼女は、目立たぬように情報を流し、

密かに民衆の不安をあおっていた。


(悪いが……これも仕事だ。)


ネアは、心の奥にわずかな痛みを覚えながら、帽子を深くかぶり直した。


* * *


広場では、子どもたちがはしゃいでいた。


サクとフウも元気に走り回り、カイリヤは少し離れた木陰からそれを見守っている。

カイリヤは、もうだいぶ元気を取り戻していた。


(まだ……間に合う。)


ケイは静かに息をついた。


──そのときだった。


「ケイくん!」


呼び止めたのは、若い騎士だった。

数日前から、シュウナ領の様子を見回るため、村に詰めている、ケイも見覚えがある顔だったあった。


「領主様から伝言だ。村の倉庫や備蓄庫、火事のあとの物資記録を整理したいらしい。協力を頼めるか?」


「もちろん。」


ケイはすぐに頷いた。


(よし……。)


実は──

この数日前、ケイはさりげなくカイリヤを通じて領主夫妻に提案していた。


「火事で記録が混乱していると、後で困ります。

 今のうちに整理しておいたほうが、きっと役に立ちます。」


ただそれだけのこと。

だが、それはケイなりの「備え」だった。


(混乱の中に、必ず何かが混じっている。)


ケイは、知っていた。


* * *


夜。


シュウナ家の領主夫妻は、静かに話し合っていた。


「……交易の件、正式に釈明した方がいいでしょうか。」


「だが、民が不安になっている今、焦れば逆効果だ。慎重に……。」


二人の顔には、疲れが滲んでいた。


それでも、

「領民を守りたい」という想いは、決して揺らがない。


ケイは、少し離れた場所から、その様子を見ていた。


(こんな人たちを、守れなきゃ──)


指先に、力がこもる。


どれだけ孤独な戦いでも、ケイは決して諦めない。


静かに、静かに、運命を塗り替えるための準備を進めていた。


──夜の闇の中、静かに波紋は広がっていく。

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