第15話 「忍び寄る影」

朝の村に、うっすらとした重苦しさが漂い始めた。


畑に向かう大人たちの顔にも、どこか疲れた色が見える。

子どもたちの笑い声も、心なしか少なくなった。


ケイは、広場の片隅で木を削りながら、それを静かに見つめていた。


(わかりやすくなってきた。)


──物資が届かない。


──作物が盗まれる。


──シュウナ家への不満が、少しずつ広がっている。


もちろん、直接シュウナ家を責める者はまだいない。

けれど、じわりとした「不安」が、村人たちの胸に巣食い始めているのだ。


(焦るな……)


ケイは、心の中で自分に言い聞かせた。


今はまだ、「備える」時。


* * *


昼過ぎ。


ケイはこっそりと、森の奥へ向かった。


誰にも気づかれず、そっと地面を掘り返す。

そこには、あらかじめ隠しておいた、いくつかの小さな「罠」があった。


・目印用の粉(踏めば靴に残る)

・光に反応する薬草の粉(夜間、わずかに光る)

・簡易な落とし穴(目立たないように設置)


これらはすべて、いざというときに使うためのものだった。


(これで、少しは時間を稼げる。)


ケイは丁寧に仕掛けを確認し、また慎重に地面を戻した。


* * *


一方、村の宿屋。


ネアは、カーヴァル家の使いの者と接触していた。

広場の隅でカイリヤを見ていた男だ。


「……シュウナ領、もうそろそろだな。」


粗野な男が、酒瓶を傾けながら笑う。


「次の手は?」


ネアは、無表情で問い返す。


男は口元を歪めた。


「領民たちを焚きつける。『このままじゃ飢える』ってな。」


「……」


「それで終わりだよ。あんたも早く手を引いたほうがいいぜ?」


男はそう言い残し、夜の村へと消えていった。


ネアは、その背を、じっと無言で見送った。


(──最低だな。)


心の奥底で、ネアは小さくつぶやいた。


* * *


日暮れ。

村の空気は、どこかおかしかった。


井戸端で交わされる会話に、苛立ちがにじむ。

畑から帰る男たちの足取りが重い。


──何かが、少しずつ、ずれていく。


「最近、食料の減りが早いな……」

「領主様、俺たちに隠してるんじゃないか?」


そんな、ささいな噂が、木の葉のように村中へと舞っていた。


ケイは、家の縁側に座り、静かにその気配を感じ取った。


(……始まった。)


まだ、誰も声を荒げていない。

まだ、表立った争いはない。


だが、小さな不信の芽は、確かに地中で伸び始めていた。


ケイは、握った拳をそっと膝の上に置いた。


(⋯⋯急がなければ。)


夜の帳が降りる中、村はまるで何事もないかのように静かだった。


だがその静けさの下では──

確実に、見えない炎が広がりつつあった。

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