第13話 「見えない手」

昼下がり。


村の外れで、騎士団長のアックが騎士団の若手を引き連れ、警備の指示を出していた。

「最近、盗賊の噂もある。しばらく滞在して様子を見ろ、ってさ」

若手騎士が苦笑しながら話しているのが、ケイの耳に入った。


近くでは、サクたちが元気に遊び回っていた。

「森でね、花火しながら走ってたおじさん、見たんだよー!」

「あっち!あっち!って言ってたー!」

サクの弟フウの無邪気な言葉に、若手の騎士たちは笑って取り合わなかったが、アックだけが眉をひそめた。


* * *


その日の昼、


ケイは、村外れの古井戸の前にいた。


苔むした井戸は、今ではほとんど使われていない。 だがケイは、その周りを注意深く見回し、何やら小さな作業をしていた。


細い針金と、乾いた蔓。

うまく隠すように、井戸の縁に絡ませる。


──一見、ただの草むらに見える。


(これでよし。)


誰にも気づかれず、ケイは満足げに立ち上がった。


サクが、遠くから走ってくる。


「ケイー! また変なことしてるー!」


「散歩してただけだ。」


ケイはさらりと答える。 サクは「ふーん」とあっさり引き下がり、また虫取りに走っていった。


(備えあれば──)


ケイは心の中で、静かに繰り返す。


(あとは、タイミングだ。)


* * *


村の宿屋では、ネアが密かに動き始めていた。


今日の服装は、昨日とは少し違う。 マントの下には、もっと上等な旅人風のチュニック。 表情も、どこかきりりと引き締まっている。


ネアは、シュウナ家の屋敷に向かう道を、何気ない顔で歩いた。


目的は、直接の接触ではない。

警備の様子、出入りする使用人たち、近くに潜む怪しい気配──

それらを静かに、丁寧に拾うこと。


(カーヴァル家……動き始めたかもな。)


このままいけば、シュウナ家はじわじわと追い詰められるだろう。


だが──


(それだけじゃない。変な動きが……)


ネアは思い出す。

数日前、川辺で出会った少年──ケイ。


あの目。


ただの田舎者のそれではなかった。


(……妙だな。)


ふと、笑みを浮かべる。


面白いものを見つけた、とでもいうように。


* * *


夕暮れ。


村の広場では、子どもたちが鬼ごっこに興じていた。


カイリヤも、まだ本調子ではないものの、そっと腰掛けてそれを見守っている。


「無理するなよ。」

ケイが近づき、低く声をかける。


カイリヤは、少し顔を赤らめながら、かすかに笑った。


「……もう、平気。」


「なら、いいけど。」


ケイも、微笑んだ。


──そのときだった。


広場の隅に、ひとり、見知らぬ男が立っているのに気づいた。


粗末な服。

旅人風だが、立ち方がどこかぎこちない。


(……妙だ。)


ケイはすぐに、カイリヤをかばうように立った。


男は、すぐに視線を逸らし、ふらりと去っていった。


サクが無邪気に叫ぶ。


「ケイー! 早くこいよー!」


「……すぐ行く。」


ケイは短く答えた。


心の中では、すでに次の「備え」を考え始めていた。


* * *


夜。


村の外れ、森の中で、ネアはひとり、何かを記していた。


羊皮紙に走る、鋭い文字。


『シュウナ家、内偵進行中。

周囲に異変あり──要警戒。

未確認の第三勢力、存在の可能性。』


彼女はペンを置き、夜空を仰いだ。


(……動き始めたな。)


まだ、誰も気づいていない。


だが、静かな嵐は、すぐそこまで迫っていた。


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