第17話 社会科見学、幼馴染との急接近

秋晴れの朝。


俺たち中学1年生は、

大型バスに乗り込んで、国立博物館へ向かっていた。


今日は、社会科見学。


──と言っても、正直なところ、

"勉強"より"小旅行"のノリが強い。


みんな浮かれた顔で、

持参したお菓子を交換したり、

写真を撮りまくったりしていた。


目的地に着いてからも、

基本は班ごと行動……のはずだったが──


(実質、自由行動だよな)


現実には、好きな友達同士で

勝手にグループを作って歩き回るパターンが主流だった。


まぁ、一応レポート提出もあるので、

それっぽく展示物は見て回る。


 



 


俺は、近藤圭吾たちと一緒に、

恐竜の骨格標本とか、古代文明の展示を巡っていた。


「うおっ! でっか!」


「人間って昔からマジで変なもん作ってんなー!」


圭吾たちは、いちいちリアクションが派手で、

それなりに楽しかった。


一方、妹・紗良は──


別クラスの幼馴染、澪とペアで回っているらしかった。


(まぁ、あいつら、仲いいしな)


そんなことを思っていた矢先──


紗良が、ぬっと現れた。


「奏人~」


「うお、びっくりした」


紗良は、にやりと笑った。


「ねぇ、澪ちゃんと一緒に回れば?」


「は?」


戸惑う俺をよそに、

紗良はすぐに、俺の友人たちに話しかけた。


「ねぇねぇ、面白いもん見せてあげる!

こっちこっち!」


「あ、マジ? 何それ!」


友人たちは食いついた。


この流れで断れるわけもなく──

あっという間に、俺の周りから人が消えた。


気づけば、隣には──澪だけ。


(……マジかよ)


紗良、恐るべし。


澪は、きょとんとしながらも、

ほんのり頬を染めて、恥ずかしそうに立っていた。


(……ここで気まずくするのもアレだよな)


俺は、心を決めて口を開いた。


「──一緒に回ろうか」


澪は、ぱっと顔を明るくして、

小さくうなずいた。


「うん!」


その笑顔に、胸がドキンと跳ねたのは、

俺だけの秘密だ。



それからの時間は、

なんだか、夢みたいにあっという間だった。


展示室を歩きながら、

「これ、面白いね」とか

「昔の人ってすごいよね」とか、

たわいない会話を交わす。


澪は、特別話がうまいわけじゃないけれど、

一緒にいると、不思議と気持ちが落ち着いた。


「これ……」


澪が、ある展示品の前で足を止めた。


古びた地球儀。


「なんか、いいなぁ。

大昔の人も、こうやって世界を想像してたんだね」


その何気ない一言に、

俺は胸を打たれた。


(──この子は、ちゃんと、物事を見てるんだな)


表面的な派手さはないけど、

世界をちゃんと、自分の目で見ようとしている。


そんなところが、俺は──


(……やっぱ、好きなんだと思う)


気づかないふりをしていた気持ちが、

そっと、心の中で形を持ち始めていた。




展示室をぐるりと回った後、

ベンチに腰を下ろして、少し休憩した。


隣に座った澪は、ちょっとだけ照れたように言った。


「……一緒に回れて、嬉しかったな」


「……俺も」


ぽつりと返した言葉に、

澪は顔を真っ赤にして、慌てて視線をそらした。


そんな反応が、無性に可愛かった。


──そのとき。


「集合時間まで、あと15分です」


館内アナウンスが流れる。


「──行こっか」


「うん!」


立ち上がった瞬間──


俺と澪の手が、ふわりと触れ合った。



「──あっ」


「……!」



一瞬、二人とも固まった。


逃げるように手を離すこともできたけど、

不思議と、澪の手がそのまま、俺の指をそっと包んだ。


小さくて、あったかい。


俺は、頭が真っ白になりながら、

でも、そっと澪の手を握り返した。


「……行こう」


声が震えないようにするのに、必死だった。


澪は、顔を真っ赤にしながら、小さくうなずいた。


二人で手をつないだまま、

ゆっくりと歩き出す。


周りの雑音も、人の気配も、全部遠くなった。


(……こんな時間が、ずっと続けばいいのに)


本気で、そう思った。


 



 


集合場所へ向かう途中、

澪は恥ずかしそうにぽつりと言った。


「……こんなにドキドキしたの、初めてかも」


その言葉に、

俺の心臓は爆発しそうになった。


けど、必死で平静を装って、

ぎゅっと、澪の手をもう一度だけ強く握った。


(──大丈夫。焦らず、ゆっくり)


一歩ずつ、

ちゃんとこの距離を縮めていこう。


隣に、澪がいる未来を目指して。







夜。


家に帰り、制服を脱いでリビングに向かうと──


そこには、ソファに寝転がりながら、

ニヤニヤが止まらない顔の紗良がいた。


「奏人ぉ〜?」


間延びした声で呼ばれる。

 

(……やばい、これは絶対なんか察してる)


全力でスルーしようとしたけど、

紗良は容赦なかった。


「社会科見学、あの後、どうだったぁ〜?」

 

「……普通だったけど?」


精一杯、つまらなそうに返す。


けれど、紗良のニヤニヤは止まらない。

 

「ほぉ〜、本当にぃ?

澪ちゃんと、何か進展あったりしないのぉ〜?」


おっさんモード全開で追及してくる。


完全に悪ノリだ。


「……なにもないって」


そう言いながらも、

顔が熱くなるのを自覚した。


紗良の目がキラリと光る。


「うそだー。なんかあった顔してるぅ〜。

ほれほれ、白状しなさい!」


「……っ」


観念して、小声で答えた。


「……ちょっとだけ、手を……」


「手ぇ繋いだの!?」


思った以上の声量で叫ばれた。

 

「ち、ちげぇよ! たまたまだって! 偶然!」


必死に否定する俺を見て、

紗良はゲラゲラ笑いながら、ポンポンとソファを叩いた。


「うわー、奏人、青春してるぅ〜!」


(うるせぇ……!)


悶絶しながら顔を覆った俺を、

紗良はますます楽しそうに見つめていた。


「──ま、いいんじゃない?」


紗良は、ふっと真顔に戻ると、

どこか優しい声で言った。

 

「13歳ってさ、

本気でドキドキできる奇跡みたいな年齢なんだよ」


どっちが13歳だよってツッコミたくなったけど、

妙に説得力があって、何も言えなかった。


「私も、13歳、全力で楽しんでるし」


紗良は、照れ隠しみたいに笑った。


(……そっか)


俺たちは今、

人生で一番、真っ直ぐに"青春"している。


それを、ちゃんと、大切にしないといけないんだな──


そんなことを、ぼんやりと考えていた。

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