第17話 社会科見学、幼馴染との急接近
秋晴れの朝。
俺たち中学1年生は、
大型バスに乗り込んで、国立博物館へ向かっていた。
今日は、社会科見学。
──と言っても、正直なところ、
"勉強"より"小旅行"のノリが強い。
みんな浮かれた顔で、
持参したお菓子を交換したり、
写真を撮りまくったりしていた。
目的地に着いてからも、
基本は班ごと行動……のはずだったが──
(実質、自由行動だよな)
現実には、好きな友達同士で
勝手にグループを作って歩き回るパターンが主流だった。
まぁ、一応レポート提出もあるので、
それっぽく展示物は見て回る。
◇
俺は、近藤圭吾たちと一緒に、
恐竜の骨格標本とか、古代文明の展示を巡っていた。
「うおっ! でっか!」
「人間って昔からマジで変なもん作ってんなー!」
圭吾たちは、いちいちリアクションが派手で、
それなりに楽しかった。
一方、妹・紗良は──
別クラスの幼馴染、澪とペアで回っているらしかった。
(まぁ、あいつら、仲いいしな)
そんなことを思っていた矢先──
紗良が、ぬっと現れた。
「奏人~」
「うお、びっくりした」
紗良は、にやりと笑った。
「ねぇ、澪ちゃんと一緒に回れば?」
「は?」
戸惑う俺をよそに、
紗良はすぐに、俺の友人たちに話しかけた。
「ねぇねぇ、面白いもん見せてあげる!
こっちこっち!」
「あ、マジ? 何それ!」
友人たちは食いついた。
この流れで断れるわけもなく──
あっという間に、俺の周りから人が消えた。
気づけば、隣には──澪だけ。
(……マジかよ)
紗良、恐るべし。
澪は、きょとんとしながらも、
ほんのり頬を染めて、恥ずかしそうに立っていた。
(……ここで気まずくするのもアレだよな)
俺は、心を決めて口を開いた。
「──一緒に回ろうか」
澪は、ぱっと顔を明るくして、
小さくうなずいた。
「うん!」
その笑顔に、胸がドキンと跳ねたのは、
俺だけの秘密だ。
それからの時間は、
なんだか、夢みたいにあっという間だった。
展示室を歩きながら、
「これ、面白いね」とか
「昔の人ってすごいよね」とか、
たわいない会話を交わす。
澪は、特別話がうまいわけじゃないけれど、
一緒にいると、不思議と気持ちが落ち着いた。
「これ……」
澪が、ある展示品の前で足を止めた。
古びた地球儀。
「なんか、いいなぁ。
大昔の人も、こうやって世界を想像してたんだね」
その何気ない一言に、
俺は胸を打たれた。
(──この子は、ちゃんと、物事を見てるんだな)
表面的な派手さはないけど、
世界をちゃんと、自分の目で見ようとしている。
そんなところが、俺は──
(……やっぱ、好きなんだと思う)
気づかないふりをしていた気持ちが、
そっと、心の中で形を持ち始めていた。
◇
展示室をぐるりと回った後、
ベンチに腰を下ろして、少し休憩した。
隣に座った澪は、ちょっとだけ照れたように言った。
「……一緒に回れて、嬉しかったな」
「……俺も」
ぽつりと返した言葉に、
澪は顔を真っ赤にして、慌てて視線をそらした。
そんな反応が、無性に可愛かった。
──そのとき。
「集合時間まで、あと15分です」
館内アナウンスが流れる。
「──行こっか」
「うん!」
立ち上がった瞬間──
俺と澪の手が、ふわりと触れ合った。
「──あっ」
「……!」
一瞬、二人とも固まった。
逃げるように手を離すこともできたけど、
不思議と、澪の手がそのまま、俺の指をそっと包んだ。
小さくて、あったかい。
俺は、頭が真っ白になりながら、
でも、そっと澪の手を握り返した。
「……行こう」
声が震えないようにするのに、必死だった。
澪は、顔を真っ赤にしながら、小さくうなずいた。
二人で手をつないだまま、
ゆっくりと歩き出す。
周りの雑音も、人の気配も、全部遠くなった。
(……こんな時間が、ずっと続けばいいのに)
本気で、そう思った。
◇
集合場所へ向かう途中、
澪は恥ずかしそうにぽつりと言った。
「……こんなにドキドキしたの、初めてかも」
その言葉に、
俺の心臓は爆発しそうになった。
けど、必死で平静を装って、
ぎゅっと、澪の手をもう一度だけ強く握った。
(──大丈夫。焦らず、ゆっくり)
一歩ずつ、
ちゃんとこの距離を縮めていこう。
隣に、澪がいる未来を目指して。
◇
夜。
家に帰り、制服を脱いでリビングに向かうと──
そこには、ソファに寝転がりながら、
ニヤニヤが止まらない顔の紗良がいた。
「奏人ぉ〜?」
間延びした声で呼ばれる。
(……やばい、これは絶対なんか察してる)
全力でスルーしようとしたけど、
紗良は容赦なかった。
「社会科見学、あの後、どうだったぁ〜?」
「……普通だったけど?」
精一杯、つまらなそうに返す。
けれど、紗良のニヤニヤは止まらない。
「ほぉ〜、本当にぃ?
澪ちゃんと、何か進展あったりしないのぉ〜?」
おっさんモード全開で追及してくる。
完全に悪ノリだ。
「……なにもないって」
そう言いながらも、
顔が熱くなるのを自覚した。
紗良の目がキラリと光る。
「うそだー。なんかあった顔してるぅ〜。
ほれほれ、白状しなさい!」
「……っ」
観念して、小声で答えた。
「……ちょっとだけ、手を……」
「手ぇ繋いだの!?」
思った以上の声量で叫ばれた。
「ち、ちげぇよ! たまたまだって! 偶然!」
必死に否定する俺を見て、
紗良はゲラゲラ笑いながら、ポンポンとソファを叩いた。
「うわー、奏人、青春してるぅ〜!」
(うるせぇ……!)
悶絶しながら顔を覆った俺を、
紗良はますます楽しそうに見つめていた。
「──ま、いいんじゃない?」
紗良は、ふっと真顔に戻ると、
どこか優しい声で言った。
「13歳ってさ、
本気でドキドキできる奇跡みたいな年齢なんだよ」
どっちが13歳だよってツッコミたくなったけど、
妙に説得力があって、何も言えなかった。
「私も、13歳、全力で楽しんでるし」
紗良は、照れ隠しみたいに笑った。
(……そっか)
俺たちは今、
人生で一番、真っ直ぐに"青春"している。
それを、ちゃんと、大切にしないといけないんだな──
そんなことを、ぼんやりと考えていた。
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