第16話 秋の新人戦、ライバルとの本気再戦
秋晴れの空の下。
市営グラウンドには、緊張感が漂っていた。
新人戦──
地域の1年生と2年生だけで争われる、初めての公式大会。
俺、天城奏人(あまぎ かなと)は、
100mと200m、両方にエントリーしていた。
(──ここまで、やれるだけのことはやってきた)
体育祭で玲央に完敗してから、
俺は部活でも、家でも、死に物狂いで走り込んだ。
父・蓮の特訓も、
容赦ないフォーム修正も、
一つ一つ受け止めて、積み重ねた。
肉体的にも、環境的にも、
恵まれている自覚はある。
あとは──俺自身の本気度だけだ。
(絶対、結果を出してやる)
スタート位置につきながら、
ぐっと拳を握った。
観客席には、保護者や部員たちが集まっていた。
ちらっと見上げたスタンドに、
澪の姿がないか、無意識に探してしまう。
(……見ててくれよ)
◇
100m予選。
スタートラインに並んだ。
隣には、玲央の姿もある。
ピストルの合図──
バン!
飛び出す。
加速する。
力を抜いて、スムーズに地面を蹴る。
(……いける!)
ゴール直前。
玲央は、俺の少し前にいた。
結果、俺は組内2位。
──でも。
電光掲示板に表示されたタイムを見て、
全身の力が抜けた。
(……足りない)
予選通過ラインには、わずかに届かなかった。
◇
続いて、200m。
今度こそ──と意気込んだが、
カーブでの加速に乗り遅れ、
直線で追い上げたものの──やっぱり届かず。
組内3位。
しかし、またもタイムで落選。
(……マジかよ)
ゴール後、膝に手をついて息を整えながら、
俺は、悔しさに歯を食いしばった。
◇
玲央はというと。
100mで3位の銅メダル。
200mで2位の銀メダル。
2年生も混じっている中での、この結果。
(──すげぇな)
本気で、そう思った。
同時に、はっきり自覚した。
(まだ……全然、届かない)
努力した。
確かに、成長はした。
でも、まだ足りなかった。
練習だけじゃ追いつかない何かが、そこにはあった。
──差は、まだまだ大きい。
俺は、拳を握りしめた。
悔しくて、悔しくて、たまらなかった。
◇
家に帰った俺は、
靴を脱ぐなり、そのままリビングに倒れ込んだ。
父・蓮が、キッチンから顔を出す。
「どうだった?」
──聞かれた瞬間。
堪えていたものが、溢れた。
「……ダメだった」
震える声で答えるのが精一杯だった。
「一生懸命やったけど……
父さんが時間を割いて、あんなに教えてくれたのに、
何にも、結果出せなかった……」
自然に、涙声になっていた。
恥ずかしかった。
情けなかった。
でも、嘘はつきたくなかった。
父は、黙って俺の話を聞いていた。
しばらくして──
「──もう、辞めるか?」
ぽつりと、静かに尋ねた。
「……続けたい」
即答だった。
顔を上げると、父は、ほんの少しだけ笑っていた。
「そうか」
ソファに腰を下ろして、父は言った。
「俺もな、タイムが伸びなかった時期があった。
何しても、どれだけ頑張っても、全然記録が縮まらない時期が」
「……うん」
「でもな──そういうときに、どれだけ努力できるかなんだ」
父の声は、力強かった。
「うまくいくときに頑張るのは、誰だってできる。
うまくいかないときに続けられるかどうかで、
本当に強いかどうかが決まるんだ」
その言葉が、胸に深く、深く刺さった。
「……はい」
絞り出すように返事をすると、
父は俺の頭を、ぐしゃぐしゃに撫でた。
「泣いたっていい。
悔しかったっていい。
でもな──その分だけ、強くなれるぞ」
そのとき、ふわっと温かい空気が流れた。
隣に座った紗良が、
そっとタオルを差し出してくる。
「はい、兄貴」
口調は軽いけど、目は真剣だった。
母・美咲も、ティッシュ箱を抱えてやってきて、
俺の隣に座り込んだ。
「頑張った奏人くんは、世界一かっこいいよ」
にっこり笑いながら、
優しく、頭を撫でてくれる。
──俺は、守られている。
この家族に。
この温かさに。
(──これが、本当に、転生SSRってやつなんだな)
親ガチャSSRだとか、天才妹だとか、
そういう表面的なことじゃない。
本気で向き合ってくれる親がいて。
支えてくれる妹がいて。
見守ってくれる家族がいる。
それが、何よりも、
何よりも大切なんだって。
心の底から、そう思った。
◇
夜、ベッドに潜り込んだ俺は、
天井を見上げながら、そっと誓った。
(絶対に、次は結果を出してやる)
(この家族に、ちゃんと恩返しできるくらい──もっと強くなる)
静かな夜に、小さな誓いを刻みながら。
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
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