第16話 秋の新人戦、ライバルとの本気再戦

秋晴れの空の下。


市営グラウンドには、緊張感が漂っていた。


 


新人戦──


地域の1年生と2年生だけで争われる、初めての公式大会。


 


俺、天城奏人(あまぎ かなと)は、

100mと200m、両方にエントリーしていた。


 


 


(──ここまで、やれるだけのことはやってきた)


 


体育祭で玲央に完敗してから、

俺は部活でも、家でも、死に物狂いで走り込んだ。


 


父・蓮の特訓も、

容赦ないフォーム修正も、

一つ一つ受け止めて、積み重ねた。


 


肉体的にも、環境的にも、

恵まれている自覚はある。


あとは──俺自身の本気度だけだ。


(絶対、結果を出してやる)


スタート位置につきながら、

ぐっと拳を握った。


観客席には、保護者や部員たちが集まっていた。


ちらっと見上げたスタンドに、

澪の姿がないか、無意識に探してしまう。


(……見ててくれよ)

 




 


100m予選。


スタートラインに並んだ。


隣には、玲央の姿もある。



ピストルの合図──



バン!


飛び出す。


加速する。


力を抜いて、スムーズに地面を蹴る。


(……いける!)


ゴール直前。


玲央は、俺の少し前にいた。


結果、俺は組内2位。


──でも。


電光掲示板に表示されたタイムを見て、

全身の力が抜けた。


(……足りない)


予選通過ラインには、わずかに届かなかった。

 



 


続いて、200m。


今度こそ──と意気込んだが、

カーブでの加速に乗り遅れ、

直線で追い上げたものの──やっぱり届かず。


組内3位。

しかし、またもタイムで落選。


(……マジかよ)


ゴール後、膝に手をついて息を整えながら、

俺は、悔しさに歯を食いしばった。





 


玲央はというと。


100mで3位の銅メダル。


200mで2位の銀メダル。


2年生も混じっている中での、この結果。


(──すげぇな)


本気で、そう思った。


同時に、はっきり自覚した。


(まだ……全然、届かない)


努力した。


確かに、成長はした。


でも、まだ足りなかった。


練習だけじゃ追いつかない何かが、そこにはあった。


──差は、まだまだ大きい。


俺は、拳を握りしめた。


悔しくて、悔しくて、たまらなかった。







家に帰った俺は、

靴を脱ぐなり、そのままリビングに倒れ込んだ。


父・蓮が、キッチンから顔を出す。


「どうだった?」


──聞かれた瞬間。


堪えていたものが、溢れた。


「……ダメだった」


震える声で答えるのが精一杯だった。


「一生懸命やったけど……

父さんが時間を割いて、あんなに教えてくれたのに、

何にも、結果出せなかった……」


自然に、涙声になっていた。


恥ずかしかった。

情けなかった。


でも、嘘はつきたくなかった。


父は、黙って俺の話を聞いていた。


しばらくして──


「──もう、辞めるか?」


ぽつりと、静かに尋ねた。


「……続けたい」


即答だった。


顔を上げると、父は、ほんの少しだけ笑っていた。


「そうか」


ソファに腰を下ろして、父は言った。


「俺もな、タイムが伸びなかった時期があった。

何しても、どれだけ頑張っても、全然記録が縮まらない時期が」


「……うん」


「でもな──そういうときに、どれだけ努力できるかなんだ」


父の声は、力強かった。


「うまくいくときに頑張るのは、誰だってできる。

うまくいかないときに続けられるかどうかで、

本当に強いかどうかが決まるんだ」


その言葉が、胸に深く、深く刺さった。


「……はい」


絞り出すように返事をすると、

父は俺の頭を、ぐしゃぐしゃに撫でた。


「泣いたっていい。

悔しかったっていい。

でもな──その分だけ、強くなれるぞ」


そのとき、ふわっと温かい空気が流れた。


隣に座った紗良が、

そっとタオルを差し出してくる。


「はい、兄貴」


口調は軽いけど、目は真剣だった。


母・美咲も、ティッシュ箱を抱えてやってきて、

俺の隣に座り込んだ。


「頑張った奏人くんは、世界一かっこいいよ」


にっこり笑いながら、

優しく、頭を撫でてくれる。


──俺は、守られている。


この家族に。


この温かさに。


(──これが、本当に、転生SSRってやつなんだな)


親ガチャSSRだとか、天才妹だとか、

そういう表面的なことじゃない。


本気で向き合ってくれる親がいて。

支えてくれる妹がいて。

見守ってくれる家族がいる。


それが、何よりも、

何よりも大切なんだって。


心の底から、そう思った。


 



 


夜、ベッドに潜り込んだ俺は、

天井を見上げながら、そっと誓った。


(絶対に、次は結果を出してやる)


(この家族に、ちゃんと恩返しできるくらい──もっと強くなる)


静かな夜に、小さな誓いを刻みながら。


俺は、ゆっくりと目を閉じた。

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