第9話 初めての本気、初めての敗北

体育祭、最後の種目──クラス対抗リレー。


このリレーは、ガチの勝負だった。


クラスメイトたちのプライドを懸けた、

意地と意地のぶつかり合い。


「天城、お前アンカーな」


そんな風に、クラスの中心グループに言われたとき、

正直、イヤな予感はしていた。


もちろん、陸上部に入った俺だから、

アンカーに選ばれるのは自然な流れに見える。


でも、何となく、その言葉の裏ににじむ悪意も感じた。


(……こいつら、俺がヘマして笑い者にしたいんだな)


親が有名だからって、嫉妬するやつはいる。

妹が目立つからって、疎ましく思うやつもいる。


そんなの、わかってた。


(──上等じゃねぇか)


心の奥で、そっと拳を握る。


どうせなら、本気でやってやる。


 



 


レースは、白熱していた。


 


各クラスの代表選手たちが、全力でバトンを繋ぐ。


抜きつ抜かれつの接戦。


そして、ついに──

バトンは、俺の手に渡った。


──ほぼ同時に。


隣のコースで、玲央もバトンを受け取っていた。


如月玲央(きさらぎ れお)。


同じ陸上部。

小学生の頃には全国大会にも出場した、超本格派。


中学でもすでにエース格の実力者だ。


(勝てるわけない──でも、食らいつく!)


一歩目を蹴り出す。


スタートは悪くなかった。

バトンパスもスムーズだった。


けれど──


最初の10メートル。


明らかに、玲央が速かった。


スピードの乗り方、加速力、フォームの美しさ。

全部が、圧倒的だった。


ぐん、と離される。


(──これが、全国レベル……!)


練習では、タイム差があることは知っていた。

でも、こうして本気で並走してみると──

タイムの数字以上に、絶望的な差を感じた。


(速い。マジで、次元が違う)


息を切らしながら、必死に追いすがる。


でも、玲央は一度も振り返らない。

迷いも、躊躇もない。


一直線に、ゴールへ向かって駆け抜けていった。



そして──



俺は、玲央に5メートル以上の差をつけられたまま、

ゴールラインを踏んだ。


 



 


息が上がる。

肺が焼ける。


周囲の歓声も、悔しがるクラスメイトの声も、

全部、遠くに聞こえた。


ただ、俺は、地面に手をついたまま、

息を吐きながら、心の中で静かに思った。


(──悔しい)


本気でやった。

でも、届かなかった。


悔しかった。


情けなかった。


力の差を、これ以上ないくらい思い知らされた。


でも──


それと同時に。


(……絶対に、追いつく)

 

胸の奥で、メラメラと熱いものが燃えた。


こんなにもハッキリと、「勝ちたい」と思ったのは初めてだった。


こいつに、いつか勝ちたい。


追いつきたい。


超えたい。


(──そのためなら、どれだけでも努力できる)


ゴールの向こうで、肩で息をしながら立っている玲央を見つめながら、

俺は、はっきりとそう思った。

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