第8話 体育祭!父、本気で走るもコケる

五月の空は、まぶしいくらいの青だった。


中学校に入って初めての体育祭。

俺も、紗良も、クラスの仲間たちも、朝から妙なテンションに包まれていた。


短距離走では、俺は中の上くらいの順位。

全国レベルの奴らには及ばないけど、しっかりベストは尽くせた。


リレーも、バトンを落とすことなく無事に走り切った。


紗良に至っては、女子の徒競走で軽く流して1位。

「さすがだなぁ」と周囲をうならせていた。


(──まあ、悪くないスタートだ)


クラスメイトたちとハイタッチを交わしながら、

俺は自然と笑みを浮かべていた。


 



 


そして──

体育祭も後半戦に差し掛かった頃。


アナウンスが流れた。


「これより、クラス対抗・保護者参加リレーを行います!」


ざわざわっと、生徒席が沸く。


これは、体育祭の名物行事。


保護者たちがリレーで競い合うという、

いわば"大人たちのガチ勝負"だった。


強豪部活の親たちも、元スポーツマンが多い。


スタート前から、ただならぬ空気がグラウンドに漂っていた。

 


参加は自由。

立候補制。


──なのに。


「オレ、出るわ!」


父・蓮、即断即決で立候補。


「あっ、じゃあ私、応援するね〜!」


母・美咲は、満面の笑顔で手を振っている。


その瞬間──


生徒席のあちこちから、


「うおっ、美咲さん応援しに来た!」

「やべ、テンション上がる!!」


という、明らかに男子教師たちの声援が飛んだ。


(……先生たち、全力で盛り上がってるじゃねぇか)


苦笑しながら、俺は観客席に目を向けた。


 



 


競技説明はシンプル。


200m×4人のリレー。

バトンを繋いで、1チーム800mを走り切る。


各クラスごとに4人。

父は、俺のクラスのアンカーを務めることになった。


(まぁ、父さんなら余裕だろ)


軽くそう思っていた。

最初は──。


 



 


レース開始。


ピストルの合図とともに、各チームの第一走者がスタートした。


が。


──俺たちのクラス、まさかの第一走者がめっちゃ遅かった。


「ああああっ!!」


「やばい、離されてる!」


悲鳴にも似た叫びが、生徒席から上がる。


スタート直後から、最下位確定コース。



第二走者も、なんとか粘ったが差は埋まらず、

第三走者に至っては、バトンパスでちょっともたつき──


そのまま、父にバトンが渡された。


最下位。

他クラスとの差、約30メートル。


(さすがに無理だろ……)


誰もがそう思った、その瞬間──


父・蓮が──


豹変した。


父・蓮は、バトンを受け取った瞬間、地を蹴った。


 


──速い。


 


尋常じゃないスピードだった。


一歩一歩のストライドがデカい。

地面を蹴るたびに、砂煙が上がる。

腕の振りも、脚の回転も、無駄がない。


(うわ、マジだ……本気の父さんだ)


会場全体が、一瞬、どよめきに包まれた。


「すっげぇ速い……!」


「マジでオリンピック選手じゃん!!」


あっという間に、3位との差を詰め、

さらに2位を、1位を──ごぼう抜き!


父・蓮は、まさに伝説の再現を見せた。



(これが、"本物"──!)



生徒席も、保護者席も、先生たちも、みんな立ち上がって叫んでいた。



──そして、ゴールまであと数メートル。


その瞬間だった。


父の足が、ぐらりとよろめいた。


 


(え──)


 


次の瞬間、地面に盛大にダイブ。


バトンを握ったまま、派手に転倒した。




──ざわっ


 


一瞬、静まり返る会場。


……からの。


 


「ぶはっ!!」


「わはははは!!」


 


大爆笑の渦。

 

生徒たちも、保護者たちも、先生たちも、

笑いをこらえきれずに肩を震わせている。


──でも。


俺は、笑えなかった。


唖然とした。

 

たしかに、父はこけた。


間抜けに見えるかもしれない。


でも──


あの全力疾走も、

この転倒も、

全部、真剣だった。


全力で走って、全力でコケた。


それだけだ。

 

(……カッコ悪いけど、めちゃくちゃカッコいいじゃん)


胸の奥が、じんわりと熱くなる。


前世では、こんな感情、味わったことなかった。


父・蓮は、転んだまま笑って、

バトンをゴールラインに叩きつけた。


そして、ガッツポーズ。


「どやっ!」


周囲から、さらに大きな歓声と笑いが沸き起こった。


 



 


後で、父はゲラゲラ笑いながらこう言った。


「いいか奏人! 人生、カッコつけてるだけじゃ、楽しくねぇぞ!」


(……そうだな)


心の中で、そっと答えた。


全力でやった結果なら、転んだっていい。

恥をかいても、カッコ悪くても。


それでも、走り続けるんだ。

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