2日目③
馬車から降りて歩く。
エリシアさんを先頭にして着いていく。
道中すれ違う御屋敷勤めの人達は揃って、自然な笑顔でカミラへ挨拶をしていた。
そして丁寧に「ご苦労様ですわ」と挨拶を交わしている。
悪役令嬢カミラの実家は本来ゲームに出てこない。
彼女の役割はあくまでもヒロインの邪魔をするだけ。
なので、カミラが普段家でどんな態度をとっているかはわからないが。
私の持つ悪役令嬢のイメージとしては、従者にも無茶苦茶なことを言う。
そう言う印象があった。
例えばなにか小さな粗相をすれば、まるで親が殺されたかのように怒り狂い、やがてクビを言い渡す。
時には処刑をするとさえ言い出す。
家族を人質に……みたいな屑過ぎる悪役令嬢が出てくる作品の乙女ゲームもプレイしたことがあったな。
とにかくそういうわけで、私の持っている悪役令嬢像はとあまりにもかけ離れていた。
今更?
と、言われれば返す言葉もないが。
なによりも気になるのは従者との関係が良好そうなこと。
私の知っている悪役令嬢は揃って従者を奴隷のように扱い、従者は令嬢に対して好意を持って接しない。
あくまでも仕事。だからしょうがない。この屈辱も……しょうがない。
そうやって、嫌々従っているイメージだった。
「フィーナさん? そんな深刻そうな顔をしながらキョロキョロ見渡して。なにかおかしなところでもありまして?」
カミラは不思議そうに、そしてどこか不安そうに、首を傾げた。
私は首を横に振ると、安心したのか破顔する。
それからさらに歩く。
広大な庭だ。
歩いても歩いても終わりが見えない。
それなのにどこもかしこも植物が一切枯れていない。
きっと専属の庭師が居るのだろう。
まるで植物園のように色んな花が咲き誇っていて、ぱらぱらと木々も生えている。
その庭の一スペースに私は招かれた。
丸いテーブルの上には空のカップと空のお皿が置かれている。
カミラは私の向かいに座る。
それから「フィーナも座って?」と私の目の前にある椅子を指差した。
こくりと頷いてから座る。
「なんだかフィーナカチカチですわね」
私の様子を見て、カミラはくすくす笑う。
そりゃカチカチにもなる。
ずっとお茶会というものを断ってきたのでこれが初めてのお茶会。
規模は小さい。参加人数は少ないし、会場の範囲も小さい。
だけれどお茶会であることには変わらない。
それはつまり、それ相応の礼儀で参加しなければならないということであって……。まとまな礼儀作法を身につけていない私は終始怒られるかもしれないとビクビクしているわけだ。
まあ要するにお前のせいだ、ってことなのだが怒られるかもしれないとビクビクしている相手に向かってそんなこと言えるわけがない。
言えるならビクビクしてないし。
「リラックスですわ。あ、そうだ。深呼吸すると良いっていいますわね。この間、本で読みましたわ」
ほら、さあ、と促される。
ラジオ体操の深呼吸をする。
手を大きく動かして息を吸って吐く。
「なんですのその手の動き」
不思議そうに訊ねてくる。
「あー、いや、うーん、なんだこれ」
身体に染み付いているので、思わず動かしたが、冷静に突っ込まれると、たしかになんだろうってなる。
ラジオ体操に取り込まれて、その他の運動でも深呼吸をする時はこうやって手を動かすあたり、それなりに意味があるのだろうが。
ただのオタクだった私にはよくわからない。
「落ち着きまして?」
「まあ少しは……」
「それなら良かったですわ。せっかくの二人っきりのお茶会ですのに、緊張しっぱなしでは全く楽しめませんものね」
ふふっと楽しそうに笑う。
「それにしてもどうしてそんなに緊張していましたの?」
少し迷ったが、素直に話すことにしよう。
隠してその都度ガミガミ言われるくらいなら先に知っておいてもらった方がいい。
それなら一度ガミガミ言われるだけで、あとはしょうがないで流してくれるはず。
とはいえ相手は悪役令嬢なので、そうである確証はないのだが。
「私、お茶会のマナーとか知らなくて……なんか変なことして怒らせちゃったり、失礼なことしちゃったり、そういうのが怖かった……というか」
ちらりとカミラを見る。
悪役令嬢らしく、
「なぜそんなことも知りませんの? お茶会のマナーなんて常識ですわよ! これだから平民は。物を知らないってレベルじゃありませんわね。こんな程度の人と同じ学園に通っているなんて恥ですわ。全く、王立学園に平民を入学させること自体反対でしたのに。これでは王立学園の格式そのものが落ちますわ」
と、文句をたらたら言われる覚悟があった。
ちなみにこれらのセリフはゲーム内でかいつまみながらではあるがカミラの発しているものである。
カミラは私の言葉を聞いてもなおニコニコしていた。
とりあえず怒られることはなさそうでホッとする。
「心配いりませんわよ。公式の場ではありませんし。気楽に楽しみましょう」
「失礼なことしちゃうかも」
「構いませんわ。だってわたくしたちお友達ですもの!」
本心なのかな。
多分本心なんだろうけど。
今までの彼女の言動を考えれば本心と考えるのが実に自然な流れなのだが。
でも、やっぱり悪役令嬢カミラ・アルデハイトも脳裏にチラつく。
「……うーむ、そうですわ」
私が黙っていると、カミラはなにか思いついたかのように立ち上がる。
そして近くで立っていたエリシアさんに目配せをした。
エリシアさんはこくりと頷き、ポットを手に取る。
「エリシア、それ貸してちょうだい」
「……? お嬢様? えーっと、はい、承知しました」
と、カミラへ手渡す。
何をするのか思えば、大きく口を開けて、滝飲みをした。
がばがばがばとお茶が口に流れる。
途中で切り上げ、口の中にお茶を満杯にしてごくりと飲む。
さすがにエリシアさんは驚いたようで露骨に動揺を見せた。
また出会って日は浅い。
だれけど、私の前では常に飄々とした態度を見せていた。
なのでちょっと新鮮だなとか思う。
「お嬢様。はしたない行いは慎んでください」
なにか思えば非常に真っ当なことをカミラへ告げる。
それでもカミラは意に返さない。
「……あっつ〜」
口を手の甲で拭ってから、ちろりと舌を出す。
「ほら、わたくしがこれだけマナー悪いのですから、気にしなくて良くてよ」
くすくすと笑った。
彼女なりの和ませ方であり、私の緊張をほぐそうとしてくれたんだと、わかった。
常に怖がっている方が失礼だなとさえ感じるようになる。
だから私は、マナーとか、礼儀作法とか、気にすることなく楽しんだ。
パンケーキはとても美味しかった。
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