1日目③
メイドのエリシアさんは机を一つ持ってきて私たちの間に置く。
それからさっき注いでいたお茶を差し出してくれた。
どうぞ。
と、目の前に出される。
さっきはあんな甘い顔を私に向けていたけれど。
彼女が悪役令嬢カミラ・アルデハイトであることは変わらない。
実は毒が入ってたりして……。
なんて警戒していると、ぐいっとカミラが出されたお茶を飲んだ。
エリシアさんは眉間を指で押さえ、はぁっとため息を吐く。
「……お嬢様、お言葉ですが、それはフィーナ様へお出ししたものです」
「えっ、あっ、そ、そうなの?」
「はい。お嬢様へお出しするものはこちらにご用意しております」
動揺する主人と、淡々としている従者。
「エリシア、えーっと、その、どうしたらいいのかしら。わたくしフィーナの飲み物奪っちゃったわ」
「そうですね。謝ればいいと思いますよ」
「嫌われちゃうわ。謝って許してもらえるのかしら」
「それ以上に酷いことしておいてなお立ち去らずに座って待ってくれています。フィーナ様はお茶を奪われたくらいで怒るような心の狭い方じゃありませんよ」
エリシアさんはチラリと私の方を見る。怒るなよ、という圧を感じた。
いや、怒らないけど。
お茶奪われたくらいで怒らないよ。
「ほんとですの?」
カミラはエリシアさんを見てから私を見る。
「そもそも怒ってないというか……」
困ったように笑う。
毒入りのお茶なんじゃないかと疑っていたとは口が裂けても言えない。
「本当? ほんとに怒っていないのね?」
「うん。そんなので怒る人ってあまりいないと思うけど」
「お嬢様。ずっとカップ持っておられますとフィーナ様が飲めませんよ」
不毛なやり取りが続きそうなところでエリシアさんが割って入る。
その持っているカップを私に渡せと遠回しに言う。
「エリシア、そのわたくし用の物をフィーナに渡しなさい」
「構いませんが……なぜそのようなことを? お嬢様のものをお戻しすれば良いだけな気がしますが」
「……だって、それじゃあ。……になるじゃない」
ごにょごにょと言葉を濁す。
首を傾げると、彼女は顔を少し赤くする。
「なんですか、お嬢様。聞こえません。聞こえましたか? フィーナ様」
エリシアさんは躊躇することなく私にぶん投げてくる。
この人マジかよとか思いながら、苦笑を浮べる。
「聞こえなかったですね」
本当ならば聞こえました、と嘘でも言うところなのだろうが。
じゃあなんて言ったんだと問われれば簡単に破綻してしまう。
そして、カミラのメイドであるエリシアさんは、そういうことを簡単にやる。
私の答えを聞いたカミラはぐぬぬと眉間に皺を寄せ、そして俯く。
それからはぁっと息を漏らし、ゆっくりとこちらを見る。
若干エリシアさんを睨んでいた。
「関節キスになるじゃない!」
カミラは叫んだ。
初心だ。
この悪役令嬢、すんごく初心だ。
恥ずかしそうに大声を出したカミラを眺めながら、私はぼんやりとそんなことを思った。
「そ、それよりも。わたくしフィーナさんのことがもっと知りたいですわ。わたくしが知っているフィーナさんのことは平民で、お友達が沢山いて、勉学が得意で魔法が苦手、ということくらいしか知りませんの」
「それだけ知っていれば十分では?」
「まったく足りませんわ」
ぶんぶん首を横に振る。
「なにを知りたいの?」
「そうですわね……」
少し考え込む。
うむ、と唇に手を当て、俯く。
かと思えばすぐに顔を上げる。
「あっ、そうですわ! 好きな食べ物! フィーナさんの好きな食べ物とか知りたいですわ!」
まるで妙案でも浮かんだかのような反応だったので、もっと嫌な質問をされるかと思った。
それこそこの人初心っぽいし、好きな人は誰だとか、そういう話をしてくるかなと。
でも出てきた質問は幼稚園児のようなもの。
正直拍子抜け。
気張っていた心は緩くなり、表情も軽く緩む。
「な、なによ」
可愛い質問だなあと思っただけとはさすがに言う勇気がなくて「なんでも」と誤魔化す。
「パンケーキとか好きかな」
「パンケーキ! いいですわね。それじゃあ明日はパンケーキを用意させるわね!」
「え、あ、明日?」
「ええ、明日はお茶会するわよ。せっかくお友達になったというのに、お茶会をしないなんてありえないわ」
「…………」
「しないの?」
餌を取り上げられた子犬のような目をしてくる。
そんな目で見ないで欲しい。
「……楽しみにしてる。パンケーキとお茶会」
結局折れてしまった。
私の意思弱すぎる。
いや、あの顔はずるいよね。
「ふふ、エリシア、用意なさい」
「かしこまりました」
こうして明日、カミラとお茶会をすることになった。
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