1日目②
握った手を離した彼女は椅子を二つ近くから持ってきて、対面になるようにして並べる。そして片方にちょこんと座る、
「フィーナさんもどうぞ座って?」
ニコッと微笑み、カミラの向かいにある椅子をじーっと見つめる。
「ま、まず……カーテン開けませんか?」
「そうね。そうしましょうか」
問題を先延ばしにしたところでなにか解決するわけではない。
だがしかし、してしまう。私の悪癖だ。
カーテンを開けて、暗かった部屋を明るくする。
それからまた「それじゃあ座って構わないわよ」と言われ、逃げ道を塞がれる。
諦めて向き合って座る。
じーっとカミラは私のことを見つめる。
それはもう真っ直ぐに。
熱を帯びたような視線を送ってくる。
最初は目を合わせるのだけれど、段々と耐えられなくなって目を逸らす。
それを待っていたのか。
はたまた偶然か。
カミラはパンパンッと二回大きく手を叩く。
そうすると、ガラッと扉を開けてオレンジ色の髪の毛が特徴的なメイドさんが入ってきた。ザ・メイド服というような服を着ているあたりゲームの世界だなあと思う。
「お茶のご用意をしますね」
「ええ、お願いしますわ。エリシア」
「はい。それが私めのお仕事ですので」
ぺこりと頭を下げてからカップにお茶を注ぎ、クッキーをお皿に並べる。
「それよりもエリシア聞いて」
「どうされましたか? お嬢様」
「フィーナとお友達になれましたの! 作戦を練った甲斐がありましたわね」
カミラはエリシアさんに向けてキラキラとした目を向ける。
その目は悪役令嬢がしていいようなものではなくて。
どちらかというと主人公である私がするべきような瞳であった。
そんな視線を向けられているエリシアは苦笑を浮かべる。
「お嬢様」
「どうしたの? エリシア」
「なんのことを仰っているのかよくわかりません」
「え、ちょ、エリシア!? 忘れちゃったの?」
「…………」
エリシアさんはなんとも言い難い表情をカミラへ向けていた。
まあ多分私も同じような表情浮かべているのだろうが。
「それよりよお嬢様。やりたいことがあったのでは?」
エリシアさんはカミラの耳元でこそこそと喋るのだが、教室内はしーんとしていて、距離も近い。
そのせいで筒抜けだ。
やりたいことってなんだろうか。
腕を組み、うんうん考えていると、カミラは「そうだったわ!」とまた私を見る。
「それじゃあまずは話し相手になってくださる?」
なにを要求されるのか、と覚悟していたがそんなことであった。
「はあ……構いませんが」
「…………」
カミラはむぅっと不満そうに頬を膨らませる。
普通の顔立ちの人間ぎそんなことしたってあざとくてウザいと思われるのが関の山。時と場合によっては気持ち悪いとさえ思われる。だけれどカミラは顔立ちがいい。黙ってお淑やかにしていれば王妃に相応しい令嬢なのだ。
だからムッと頬を膨らませるそのあざとい仕草は普通に可愛い。
「なんです?」
「それ」
「はあ……それ、ですか」
指摘されるがなにを指摘されているのかわからなくて微妙な反応を見せる。
「わたくしの友達になるって契約だったわよね?」
「そうですね」
「お友達料も渡したわよね」
「……金貨一枚いただきましたね」
「わたくしたちは一ヶ月友達なのよね?」
「そうですね」
契約を結んだ以上、履行しなければならない。一ヶ月間友達として振る舞う。
一応その約束は果たしているつもりだ。
「それじゃあまずはその敬語をやめるべきだと思うのだけれど」
どんなことを要求されるのかと思えばそんなことであった。
「え、でも。入学式で『学年は同じですけれど、身分が違いますのよ。わたくしにタメ口で喋ることは許しませんわ』って言われましたよ」
「……あれは、若気の至りですわ」
恥ずかしそうに目を伏せた。
「あの時はどうかしていましたの」
と、付け加える。
「そうなんですか」
「そうですわよ。今はその、お友達になったわけですし、敬語は不要というものですわ」
「怒りません?」
「怒りませんわよ、そんなことで」
そんなことで……って。
本当かよと思う。
言っていることが無茶苦茶だ。私の知っている悪役令嬢カミラではない。これじゃあただの可愛い女の子である。
「……じゃあカミラ様。よろしく……?」
「そのカミラ様ってのもやめなさいな。わたくしのことはカミラってお呼びなさい」
「ええ、名前も、ですか」
「…………」
不満を露骨にアピールする。
「名前も?」
こっちの世界に来てから敬語ばかりだったので、タメ口を使うことに違和感を覚えてしまう。
「…………」
葛藤が芽ばえる。本当に呼び捨てなんかにして良いのか、と。呼び捨てにしたらガミガミ言ってきそう。私の知っている悪役令嬢カミラならここぞとばかりに私のことを責め立てる。そして退学させようとしてくる。
「ねえ、フィーナさん?」
「……わかりました。じゃなくて。わかった。いいよ。その代わりにカミラ様も私のことはフィーナさんじゃなくてフィーナって呼んで」
「構いませんわよ、フィーナ」
躊躇するかなと思ったが、全くもって躊躇しなかった。
まあご令嬢だし、人のことを呼び捨てにするのは造作もないか。彼女からすれば私なんて目下の人間なわけだし。
条件を持ち出してしまった以上、もう呼び捨てにしないという選択肢はない。逃げることできない。許されない。なんで自分で逃げ道を塞いでしまったのだろうと強い後悔が襲ってくるのだけれど、あまりにももう遅い。
「……カミラ」
「ふふ、ええ、そうよ。カミラよ。わたくしはカミラよ!」
嬉しそうに何度も頷く。
怒られなかったし、喜んでるし、まあいいか。
カミラはパンパンと手を叩く。扉の向こうからメイドがやってきた。カミラの専属メイドだ。マジマジではカミラの指示に従ってヒロインに嫌がらせをしていた人物である。
「エリシア、聞きました? 呼び捨てですわよ。もうこれは完全にお友達ですわよね?」
「そうですね。そうじゃないですかね」
「エリシアに相談して良かったわ。金貨一枚でお友達になってもらうなんてどうかと思ったのだけれど、さすがエリシアですわね」
「…………」
エリシアさんはまた微妙そうな顔を浮かべていた。
「……カミラはずっと敬語なんだね」
私には要求するのに、彼女は口調を崩さない。
「わたくしはいいんですのよ」
ぷいっとそっぽを向く。
悪役令嬢カミラらしいわがままを口にしたのだった。
いや、可愛すぎるわがままなんだが!?
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