第4話 陽葵の輝く追跡
春の夕暮れは、まるで世界が優しく微笑んでいるようだった。
日ノ出高校の音楽室は、夕陽の柔らかな光に浴し、開け放たれた窓から吹き込む風がカーテンをふわりと揺らす。
部屋の中央、グランドピアノから軽快な音色が響き始めた。ベートーヴェンの『エリーゼのために』――シンプルだが心に響く旋律が、まるで春の陽気と共鳴するように音楽室を満たす。
ピアノを弾くのは、棗椰京理(ナツメヤ・キョウリ)。高校2年生、漫研に所属する「陰キャ」な少年。普段は前髪で顔を隠し、気弱な声で『魔法少女リリカル☆スターライト』の魅力を語る彼だが、今は別人だ。
髪はオールバックに整えられ、シャツの袖をまくった姿は、まるで音楽に魂を捧げる貴公子。鍵盤を滑る指は軽やかで、瞳はどこか遠くを見つめている。
カーテンが音に合わせて揺れ、夕陽が彼の横顔を温かく照らす。その光景は、まるでアニメのワンシーン――いや、青春そのものだ。
だが、この音楽室に新たな風が吹き込もうとしていた。
ドアの外、廊下を弾むような足音で近づく少女。星野陽葵(ほしの・ひまわり)、1年生で吹奏楽部員。彼女の笑顔は、まるで太陽の化身。ポニーテールの金髪が揺れ、瞳はキラキラと輝いている。
「わー! このピアノ、めっちゃ綺麗!」
陽葵の声が、京理の演奏に割り込んだ瞬間、物語は新たな色を帯び始めた。
陽葵の人生は、いつも笑顔で始まる。小学校の頃、彼女は近所の公園でフルートを吹くおじいさんに出会った。
「お嬢ちゃん、音楽ってのは心を繋ぐんだよ」
その言葉に惹かれ、陽葵はフルートを始めた。最初は音を出すだけで精一杯だったが、彼女の笑顔と根気は、周りを巻き込む魔法を持っていた。
家族、友達、先生――誰もが、陽葵のフルートに笑顔になった。
中学では吹奏楽部に入り、コンクールで金賞を目指して仲間と汗を流した。陽葵にとって、音楽は「競争」ではなく「喜び」だった。誰かと一緒に音を重ねる瞬間、誰かの心に届く瞬間――それが、彼女の生きる理由だった。
高校に入り、日ノ出高校の吹奏楽部に飛び込んだ陽葵は、すぐに部員たちのムードメーカーになった。だが、彼女の心には小さな願いがあった。
「いつか、すっごく特別な人と、音楽で繋がりたい!」
その願いが現実になったのは、京理のピアノを聞いた瞬間だった。
放課後、校内を歩いていた陽葵は、2年B組の教室から漏れる音色に足を止めた。ショパンの『ノクターン』。その優しくも力強い旋律に、陽葵の心は一瞬で奪われた。
「この音…めっちゃキラキラしてる! 弾いてる人、絶対スゴい人だ!」
ドアの隙間から覗くと、そこにはオールバックの少年が。夕陽に輝く彼の姿は、陽葵にとって「運命の人」そのものだった。
陽葵は考えるより先に動くタイプだ。京理のピアノを聞いて以来、彼女は彼のことを「キラキラ先輩」と呼び、積極的に接近を始めた。
漫研の部室に顔を出すのは、彼女にとって朝メシ前。ある日、陽葵は部室のドアを勢いよく開け、満面の笑顔で叫んだ。
「キラキラ先輩! やっほー! 今日も漫研、楽しそうですね!」
京理は漫画を読みながら、突然の登場に目を丸くする。
「え、星野さん!? な、なんでまた…!?」
咲良が「ちょっと、陽葵! 勝手に部室入んなよ!」と突っ込むが、陽葵はへっちゃら。
「えー、だって先輩たち、面白そうな話してたから! ね、キラキラ先輩、『リリカル☆スターライト』の新シーズン、どう思います?」
彼女の無邪気な質問に、京理は「え、うそ、星野さんも知ってるの!?」と目を輝かせる。
咲良の眉がピクッと動く。「…ちょっと、京理、調子に乗んなよ」
陽葵の存在は、京理の静かな日常に嵐を巻き起こした。彼女は吹奏楽部の練習後、京理のピアノを聞きに音楽室に現れる。
ある日、京理が『エリーゼのために』を弾き終えると、陽葵がパチパチと拍手しながら飛び込んできた。
「先輩! めっちゃ素敵でした! あの曲、フルートでも吹けるかな? ね、一緒にやってみません?」
「え、俺、フルートとかわかんねっすよ…!」
と慌てるが、陽葵の笑顔に押される。
「大丈夫! 先輩のピアノなら、なんでもバッチリです!」
陽葵の「追跡」は、日に日に大胆になった。ある昼休み、彼女は京理に弁当箱を差し出す。
「先輩! お昼、一緒に食べましょ! 私、卵焼き得意なんですよ!」
「え、いいの!? いや、でも…」
と戸惑いつつ、陽葵の明るさに流される。咲良が遠くから「チッ、なにあの後輩…!」と睨む中、陽葵は京理にニコニコ話しかける。
「先輩、ピアノいつから弾いてるんですか? めっちゃカッコいいですよね!」
「いや、カッコいいとか…ただの趣味っすよ。アニメの曲とか弾きたくて…」
陽葵は目をキラキラさせる。
「アニメの曲!? やばい、最高! ね、先輩、『リリカル☆スターライト』のOP、ピアノで弾けます? 私、フルートで合わせたい!」
彼女の直球な情熱に、京理は「マジで!? それ、楽しそう…!」とつい乗ってしまう。
陽葵の純粋さは、京理の心を少しずつ解きほぐした。
彼は人前でピアノを弾くことを避けてきたが、陽葵の「一緒に音楽やりたい!」という言葉は、どこか新鮮だった。
「星野さん、なんか…すげえ元気出るな」 京理の呟きに、陽葵は満面の笑む
「やった! 先輩の笑顔、めっちゃキラキラです!」
だが、陽葵の接近は、他のヒロインたちの警戒心を刺激した。
ある放課後、音楽室で京理がピアノを弾いていると、陽葵がフルートケースを抱えて現れた。
「先輩! 約束のセッション、やりましょ!」
「え、今!? 準備とか…!」
と慌てるが、陽葵はすでにフルートを構える。二人は『リリカル☆スターライト』の主題歌を即興で合わせ始める。
京理のピアノと陽葵のフルートが織りなすハーモニーは、まるでアニメのクライマックスシーン。窓から差し込む夕陽が二人を照らし、カーテンが音に合わせて揺れる。
その光景を、廊下から見つめる二つの影。咲良は「なにあの後輩、調子に乗って…!」と拳を握り、玲奈は「ふん、フルートか。悪くない趣味ね」と冷ややかに微笑む。
陽葵は気づかない。彼女の無垢な笑顔が、京理を巡る恋の戦いに新たな火花を散らしていることを。
セッションの後、陽葵は京理に宣言した。
「先輩! 文化祭で、吹奏楽部と一緒にピアノ弾いてください! 絶対、最高のステージになりますよ!」
「え、人前は…無理っすよ!」
と尻込みするが、陽葵の瞳は揺るがない。
「先輩のピアノ、みんなに聞いてほしいんです! 私、ずーっと応援します!」
その言葉に、京理の心が少し動く。「…考えてみる、かな」
翌日の放課後、陽葵は再び音楽室に現れた。
「先輩! フルート、もっと合わせてみたいです!」
「星野さん、ほんと音楽好きっすね」
と笑いながらピアノに座る。二人は今度はディズニーの『パート・オブ・ユア・ワールド』を演奏。陽葵のフルートは明るく、京理のピアノは優しく寄り添う。音楽室は、まるで海底の王国のように幻想的だ。
カーテンが揺れ、夕陽が二人の笑顔を輝かせる。
演奏中、陽葵がふと言った。
「先輩、ピアノ弾いてるとき、めっちゃキラキラしてるんです。…大好きです、そういう先輩」
京理の手が一瞬止まる。「え!? 大好きって…!?」 陽葵は無邪気に笑う。
「うん! 先輩の音楽、めっちゃ大好き! だから、ずーっと一緒にいたいなって!」
彼女の直球な言葉に、京理は真っ赤になって鍵盤を叩きそこねる。
「う、うわ、星野さん、急に何!?」
その瞬間、ドアの外から物音。陽葵が振り返ると、咲良が「ちょっと、陽葵! 調子に乗んなよ!」と飛び込んでくる。玲奈も静かに現れ、「ふん、随分賑やかなセッションね」と皮肉を言う。
陽葵はキョトンとして「え、みんなもピアノ聞きたかったの? じゃ、一緒にやろ!」と笑うが、咲良と玲奈の視線は冷ややかだ
京理は「え、な、なんでこんなことに!?」とパニック。
その夜、陽葵は自宅でフルートを手に、京理とのセッションを思い返していた。
「先輩のピアノ、ほんとキラキラ…もっと一緒にやりたいな」
彼女は笑顔で楽譜をめくる。陽葵の心は、京理の音楽に完全に捕らわれていた。
「文化祭、絶対成功させる! 先輩のキラキラ、みんなに見せたい!」
一方、京理は自宅で漫画を読みながら、陽葵の言葉を反芻していた。
「大好きって…や、音楽のことだよな!? うわ、なんかドキドキする…!」
彼は頭を抱えるが、どこかで陽葵の笑顔に癒されていた。その背後で、咲良と玲奈のライバル心が、さらに燃え上がっていた。
京理のピアノは、陽葵の心に輝く星を灯した。だが、その光は、恋の嵐をますます大きくするだけだった。
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