第7話 使者

ツァイ族では、人が死ぬと魂は残り、正しい儀式を行わなければ悪霊になると信じている。

妖魔はその成れの果てだという者もいる。

イムツ社を妖魔から守るためにその身を犠牲にしたササリを妖魔にしてはならないと、皆儀式のために様々な準備を急いで行った。


ツァイ族では、自宅の下に穴を掘り、そこに正座した状態で埋めるのが一般的だ。魂が家に戻りたいという願いをかなえる為である。


社の外で亡くなる事も多かったことから、魂が安住の地である家に戻り祖霊になって社や家を守ってほしいと願ったのである。


ササリの家の下に穴を掘ることをバラン達が志願し、カイエンの指導と協力の下、無事にササリを埋めることができた。


親族を失った家では、30日社から出ず、祭りや集会所にも行かないという規則がある。そういう賑やかな場所に出ると、魂が祖霊に昇華せず、居残り続けて最後には悪霊になってしまうからだ。だがササリに親族がいなかったのと、アルガガイの襲来が近いため、頭目は社全体で2日間の沈黙、3日間の集会所使用禁止という形で追悼することにした。


ササリと最も親しかった頭目が決めたことに、誰も異論を申し立てなかった。


ササリの家に猪の頭や小米酒などを置くのを手伝ったあと、バランは一人、社にできたパリの仮住まいを訪れた。


ルクはササリが亡くなってすぐ、家に引きこもり、何かやっている。もう数日会ってない。

エンヤは社の手伝いはせず、森でカイエンと稽古を行っているみたいだ。


バランは社の合同訓練を早々に切り上げてきた。

ササリおばさんの薬の苦さがここにきて効いてくるとは思いもよらなかった。


「パリさん。」

「おお、バランか。皆忙しいみたいだな。」

「うん。」


「…。」


「バラン、昔話をしてやろう。」

「う…うん。」



頭目のペナクは社に戻ってきたムバイからの報告を聞いていた


「クアール社の状況はひどいものでして、生き残りは社の外に出ていた数名だけでした。こちらに連れてまいりました。」

「そうか。彼らには住みかと食事を与えよ。」

「トゥアリ社は無事でした。狼煙は確認できていたが、連絡役が来ず、状況確認を下かったところ、我々が到着し、状況をお伝えしました。」

「よくやった。」

「連絡役ですが…。我々がトゥアリ社に向かう道すがら、亡骸を発見しました。全員首を切り落とされ、首は見当たりませんでした。」

「ああ…首は例の妖魔が持っていたよ。」

「…なんと。」


ペナクは大きくため息をついて、ムバイに向き直る。


「お前が無事でよかった。さもなくば大変なことになっていた。」

「もったいないお言葉。」

「先の妖魔の死体は見つからなかったが、おそらく倒せただろう。これでトゥアリ社や近くの社とは連絡も取れるようになった。次は…。」

「他の族への使者ですな。」

「そのことなんだが…。先の妖魔襲撃で使者の役割を担った者が死んでな。新たに立てる必要がある。」

「それですが…。今回失った連絡役の勇士が計9名、先日の妖魔の襲撃でも4名ほど亡くなりました。1割を失った今、社の人員に不安があります。」

「うむ…。」


ペナクは家の片隅で、せっせと薬剤を練っているルクを見た。

ササリの死から、ルクは明らかに落ち込んでいる。

何かせねばと思案していたが、使者、ルク、うむ。確かに良いかもしれない。


「ムバイよ。アムイ族とプンラ族への使者についてだが、考えがある。お前の意見を聞きたい。」

「はっ。」



「昔々、百歩蛇の美しい模様に魅入られた人が百歩蛇にその柄を参考に服を作らせてほしいと百歩蛇にお願いした。百歩蛇は子供を7日間貸し、その体の柄を参考に人は織物を作った。」

「しかし不注意で百歩蛇の子供を死なせてしまった。百歩蛇の母は大層怒り狂って、台風の夜にその社の人間を一人残らず毒殺してしまった。」

「人間も負けじと百歩蛇に復讐したが、いたるところで起こる人間と百歩蛇の戦いは互いを疲れさせてしまった。」

「最後、人間は百歩蛇は、お互い譲りあった。百歩蛇は自身の柄を人に使わせること。人間は百歩蛇に対して敬意を持って接すること。そうして戦いは終わった。」


「百歩蛇って、噛まれた百歩歩く前に死ぬっていう毒蛇だよね。」

「バランも見たことあるだろ。」

「うん。それにしてもその昔話…」

「うちの族のではない。山の東側に住むプンラ族の昔話だよ。」

「プンラ族は言葉違うけど、パリさんはどうやって…?」

「200年前の戦いでね、プンラ族の勇士とも戦ったのさ。その時身に着けていた服の模様が綺麗だったから、プンラ族でツァイ族の言葉が分かる者をわざわざ探してきて聞いたのだ。」

「へぇ。両方の言葉が分かる人いるんだね。」

「珍しいけどね。もしかしたら要領の良いバランなら、全部族の言葉を話せるようになるかもしれない。」

「そんな無理だよ~!」

「ふふ、さて、サトウキビでも食べようかね。」



「頭目!それは危険です!ルク様とエンヤとあのバランをプンラ族とアムイ族の使者として建てるなど!」

「ルクはプンラ族とアムイ族の言葉が少しできる。頭目である私の娘である証拠と、昔から決めてある使者の証を持って行けば問題ない。」

「ですが先日バランが魔獣に襲われた件もございます!魔獣や妖魔が跋扈しているこの時期に危険です!」

「エンヤの剣技があれば大丈夫だろう。」

「だとしても、バランは要領が悪く、社の仕事をうまくやれたこともありません。できることと言えば水汲みぐらいです。あやつを付ける意味が分かりませぬ!」


頭目が檳榔を食べながら、ムバイを宥める。

「ムバイ、バランが森と山で迷子になったことがないだろう。」

「…?」

「もっと幼いころ、あの3人は森の奥で魔獣に襲われ、森の中を逃げ回ったにもかかわらず、社まで無事に戻った。」

「あれは、エンヤの力でしょう。」

「いや、あいつにはおそらく特殊な技能がある。安心しろ。ルクの言葉の力、エンヤの剣技、バランの森や山で迷わぬ力。うまくやれる。」


「ムバイ殿。」


カイエンが口をはさむ。


「であれば、私が後ろをついていこう。プンラ族の長老がいる社まで歩いて3日。3日間ほど観察して、問題なければ大丈夫であろう。」

「しかし…!」

「バランは確かに未熟者だ。だがルクは頭目譲りの鉈を、我が娘エンヤは剣術は十分魔獣を倒せると信じている。」


ムバイは納得できないが、今の状況を考えるとそうせざるを得ないかもしれない。


「そうですか…。カイエン殿が社を離れるのは気掛かりですが…。」


南のルキエ族とパイラン族、北のセダラ族とサシャ―ル族の方は西の海に近く、魔獣がかなり活発になっている可能性が高い。それに比べ、プンラ族とアムイ族のほうは東の海側なので、魔獣がそこまで出ない可能性が高い。


元々北と南、そしてルク達に向かわせる東にそれぞれ15名の勇士と使者を送る予定だったが、妖魔による被害で、かなり難しい状況だ。


であれば…確かに3人の子らを使者として出すのは仕方がないかもしれない、とムバイは考え、檳榔を竹の小筒に吐き出した。


「では、北側と南側のそれぞれの部族への使者を改めて選抜します。」

「ああ。では頼んだぞ。」

「…バランがルク様たちの邪魔をしなければよいが…」


カイエンからすれば、アルガガイとの闘いまであとどれくらいかわからないが、エンヤの剣技だけが気掛かりだった。筋は良い、自分が若かった頃と比べると、今のエンヤのほうが強いかもしれない。十分基礎訓練は積んだ。後は実戦経験を積んで、アルガガイを倒せるレベルまで、短期間で修練を積んでほしいだけである。


ルクならうまくエンヤを助け生き残るだろう。バランのことはそこまで興味はない。

エンヤ無事社に戻りを果たし、アルガガイとの闘いに赴ければ、それでよし。


カイエンは皆の話を横目で見つつ、明日以降どのように見守るか考えを巡らせた。

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