第6話 イマラワン
「貴様ぁ!ササリの目を!」
「イムツ社の巫女の目は邪な力を持っているというのでな。先に取らせてもらった。が、そやつ、巫女ではないな?」
「私がイムツ社の巫女のササリである。我が社に何用かな?妖魔殿」
ほう…。
クアール社といい、イムツ社といい、ここいらの社の者は肝が据わっているな。
妖魔、イマラワンは感心した。今まで関わった人間といえば、自分の姿を見れば怖気付き、失禁し、すべてを差し出し、そして簡単に死んだ。
だが、目の前のこいつらはどうだ。クアール社の者どもは勇士の盾となるべく、私の前で踊り、勇士たちに反撃の機会を作った。自分達が八つ裂きになろうが構わず、最後まで戦った。あれは赦すべき命だ。苦しまずに送り出した。
イムツ社の頭目を始め、この巫女を騙る老女も大したものだ。目をえぐり取ったにもかかわらず、こうして相対してくる。
朋友がいうには、先の戦いでは苦渋をなめたようだが、なるほど、これほどの覚悟を持った者どもは確かに手ごわいかもしれんな。
「お前の目を抉った今、用はなくなった。しかし虚言を吐いた罪、償ってもらおうか。」
集会所の方に目を向ける。
魔獣達の餌になってもらうのがよいかな。本物の巫女が来るまで、暇つぶしにはなるかもしれん。
「恐れながら客人、私は嘘など言っていませぬ。」
イマラワンは左手を縦に振り上げる。ササリの右腕が落ちる。
「グウッ!」
「まだ嘘を並べるか、この不女め。」
「ササリ様!」
「ササリ!」
集会所の方から悲鳴が上がる。
ペナクや勇士たちも声を上げる。社のために尽くし、子供のころから世話になっているササリに対して何とひどいことをするのか。皆自然と武器を持つ手に力が入る。
「ササリ下がれ。ドラク!ササリを!」
(ならぬ、頭目。時間を稼ぐのだ。パリ様が直に来る。私にはわかるのだ)
(しかし…このままでは体がもたぬ!今ではない!)
ササリは残った左手でペナクの腕をつかむ。
「いや…今じゃ。」
「お客人。何か勘違いをされているようだが…。このササリ…。イムツ社の巫女を務めて20年。嘘など申したことはございませぬ。」
「もうよい、ササリ!」
イマラワンはそろそろ興味を失いかけて始めていた。もうすぐこの老女は死ぬだろう。次のおもちゃを探さねば。
「ああ、そうだ、もうよい、不女。」
イマラワンは先ほどササリの右手を奪うために振り上げた左手に少し力を込めた。
これほどの覚悟を見せた命。なかなかあっぱれだったぞ。イムツ社の巫女よ。
「ササリ様!」
白き一閃。イマラワンは大きく後ろに飛んだ。
ほう、今のは当たったら痛そうだな。
先ほどまでイマラワンがいたその場所には、社の者とは違う服装を着たカイエンが長剣を携え立っていた。
カイエンはササリの方を見る。そしてペナクの方を見る。ペナクはカイエンに目で合図すると、すぐにササリを抱きかかえて集会所の方へ走る。
イマラワンは左手をゆっくり下ろし、カイエンの方を見ている。
カイエンはイマラワンの方を見ず、ササリを抱えて走るペナクを見ている。
「貴様…。」
ペナクが少し遠くまで行ったのを見届ける。だがまだイマラワンを見ないカイエン。
「ササリ様になんということを…。」
イマラワンは興味深くカイエンを見る。これは別の大地の民だな…。昔見たことがある。海で遭難した死体がそういう服を着ていた。朋友の話にもでてくる。海の向こうの大地の民か。生きているのは初めて見たかもしれない。
どのような技を使ったのか気になる。イマラワンは好奇心が強いのだ。だから、ここまで強くなった。
さあ、見せてくれ、お前の技を!
カイエンの長剣が真直ぐイマラワンに向かう。
「飛雪穿林!」
イマラワン間一髪避けたが驚いた。これほどの剣術があるのか。今まで見たどんな刀の動きよりも洗礼されている。この海の向こうの大地の民は一体どれほどの研鑽を積んだのだろうか。そしてこれほどの力を持つ人間が何をしにここにいるのか。
「寒光逆斬!」
すごい剣筋だ。アディダンでは見たことがない両刃の剣。一連の動きの流れからまったく逆の方向に剣が伸びる。
イマラワンはアディダンで目が覚めて数十年、自分が生きてきた世界が狭かったのではないかと思った。面白い。
「電!」
バチッ!
「妖術だと!?」
カイエンは驚いた。確かに知能が高い妖魔は多く、力も人間より強いが妖術を使う妖魔が稀にいるとの話は師匠から聞いていた。
「電!」
なるほど。この妖魔は相当な手練れ。私の技を2つも受けきった。更に妖術で反撃。とんでもない。故郷の大地ではなく、この遠く離れた異地でこれほどの妖魔とめぐり合うとは何たる僥倖。
この妖魔を討ち、その首をアルガガイとの闘いの旗印とせん。
「霜牙裂喉!」
「くっ!」
「見事!だが…!」
「電!」
その単調な術の発し方、これは誘い。乗ってやろう。
「雷!!」
イマラワンの回りに無数の電撃が走る。回りでカイエンに噛みつこうとうろうろしていた魔獣が何匹か巻き添えになる。
「くっ!」
電撃がカイエンを掠り、動きが鈍くなる。
「死ね!」
カイエンに迫るイマラワンの手。だが…それはカイエンの罠だった。
「カイエン!」
「おう!」
響き渡るパリの声。その次の瞬間。静寂が訪れた。
「父さん!」
エンヤの声がカイエンに届く。我が娘はパリ様のところにいたのか。良かった。
「先生、大丈夫ですか?」
バラン…。おそらくイムツ社の未来を背負う者。
そしておそらく我が娘と共にアラガガイ討伐の重責を背負う事になる者。
無事でよかった。
「食らったふりだ。こうすればパリ様がうまくやってくれると思っていた。」
「お前とは15年ほどの付き合いだからな。そう来ると思ったよ。」
パリは竹の布の奥の赤い目を細めてカイエンを見た。
「父さん…。妖魔は…?」
「ああ…。どっかに行ったみたいだな。」
イマラワンは消えていた。
「パリ様!カイエン!ササリが!」
頭目の悲痛な声が集会所の方から聞こえる。
パリとカイエン、バラン、ルク、エンヤが集会所に着くと、ササリに医術を学んだ者達がササリの介護をしていた。右腕を落とされ、両眼を抉り取られたササリはまさに虫の息だった。
「ササリ殿!」
「ササリ!」
「ササリさん!」
「おうおう、賑やかだねぇ。やるべきことはやったみたいだね。」
「私はもう長くない。もともと長くはなかったけどね。早めにニプヌ山の神様がお迎えに来たようだ。」
「ササリおばさん。」
「バラン、お前は要領が悪いからね。ルクにちゃんと面倒を見てもらいな。」
「ああ…」
「エンヤもルクを頼んだよ。あんたがルクを守るんだよ。」
「はい、ササリさん。」
ササリは手でバランとエンヤの顔をなぞる。
「ルク…こちらにおいで。」
「はい、ササリおば様…。」
「ルク。あんたは頭目の娘だ。あのクソガキの面倒をしっかり見てやんな。」
「…。」
「あたしの術は全部あんたに教えた。それにここにはあたしの術を学んだ子らも多い。この子らと一緒に社を病いから守るんだよ。」
「…はい。」
「パリ様、カイエン殿。お見苦しいところをお見せした。」
「良く責務を全うした。」
「ササリ殿。後は我々にお任せください。」
「クソガキ…。」
「ササリ…。」
「クソガキは…大きくなったんだなぁ。おばさんはうれしいよ。」
「うるせぇ…。」
「頭目…。イムツ社は…任せた…よ」
そして…。
静寂が訪れた。
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