第7話 宮島という男

無機質な灰色の壁と、必要最低限の応接セット。

公安部の空気は、特捜班のそれとはまるで違う。

無駄がなく、無音の中に緊張感だけが漂っている。


応接室のドアが静かに開き、尾崎が現れる。


「……どうも。お時間いただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、ご苦労さま。昨日は見事だったな」


迎えたのは、公安のベテラン――宮島尚志。

年齢を感じさせない佇まいに、眼鏡越しの視線は鋭い。


尾崎は手元の封筒をテーブルに置いた。


「これが、昨日の突入時の報告書と、押収品のリストです。三枝祐人を含む詐欺グループの主要構成員は全員逮捕。金の流れもほぼ追えました」


「……ふむ。外国勢力との関係は、なかったか」


「ありませんでした。公安からの情報も参考にはなりましたが、今回に関しては単独の詐欺案件として処理するのが妥当かと」


宮島は頷き、封筒に一瞥をくれたあと、胸ポケットから一本のペンを取り出し、手帳にメモを書き始める。


――その瞬間だった。


尾崎の目が、そのペンの側面に刻まれた微細な傷を捉えた。


《……“I.M.”?》


瞬時に脳裏をよぎったのは、石岡旋。

7年前、石岡が密かに使用していた「ペン型の小型カメラ」。

これは、石岡が殉職する前、何かあった時姿をカメラに収める為、石岡がオーダーして作ってもらったものだった。

完全に防犯課がするようなことではなかったので、石岡は尾崎にだけその存在を教えていたのだ。そして、常に胸ポケットに差し込んでいた。

それは、彼の死後、どこにも見つからなかった――はずだった。


救急車で運ばれる際、尾崎は胸ポケットにいつも刺しているペンが無いことに気がついたのだ。


尾崎は笑顔を崩さず、口元だけで言った。


「……珍しいペンですね」


宮島は手を止めず、軽く笑って返す。


「ああ、これか? だいぶ前に拾ったものでね。誰のか分からんが、書きやすくて気に入ってる。今じゃもう売ってないらしいが」


尾崎の笑みは、少しだけ深くなった。


「なるほど。大事に使ってらっしゃるんですね」


その裏で、彼の心には確かな輪郭を持った“疑念”が根を張り始めていた。


《……どうして、あんたがそれを持ってる。》


報告を終えた尾崎は、一礼して応接室を出る。

扉が閉まった直後、彼は携帯を取り出し、即座に一ノ瀬に連絡を入れた。


「一ノ瀬。公安の予算リスト、今すぐ送ってくれ。特に“物品購入”の冬季分。細かく、な」


『了解。何かあったんですか?』


「――いや。確かめたいことができた」


彼の足取りは、応接室から離れるにつれて早まっていた。

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